浜矩子講演から考えるアホノミクスの向こう側

2015年11月3日、広島県9条の会ネットワーク主催の「憲法のつどい・ひろしま」が開かれ、経済学者の浜矩子さんが講演しました。

浜さんはアホノミクスから一番遠いところに私たちのめざす経済のあり方があると言いました。それは浜さんの名の通り「己の欲するところに従えども矩(のり)を超えない」経済です。

浜さんはあまり具体的なことはおっしゃいませんでしたので、浜講演をヒントにしつつ、アベノミクスが推し進めている経済政策を批判し、私なりの「平和の経済学」を述べてみたいと思います。

1.医療と福祉を重視する

●受診抑制と医療崩壊

アベノミクスからの転換が求められる第一は、医療と福祉の分野です。いまアベノミクスのもとで社会保障の解体が進められています。医療費の自己負担は増え、入院日数も厳しく制限し、必要な医療が受けられない状況、受診抑制が広がっています。

厚労省は医療費を削減するために病院のベッドを減らすことを考えています。ベッドがなければ入院できないからです。2013年の総ベッド数は134万7千床。このまま推移すると2025年には152万床が必要になると試算した上で、115~119万床に絞るというののです。30万人以上が入院できなくなる。はみ出した人はどうするのか?高齢者住宅や在宅で対応する。そこでの医療水準は当然、病院より低く安上がりになるということです。

診療報酬も削減。病院や診療所が同じ医療を提供しても収入は減少します。医療機関は消費税を払うことはあっても患者さんからもらうわけではありません。診療報酬が下がれば、医療機関の負担は重く、医療崩壊がさらにすすむことになります。

医療費国際比較

表にあるように、日本の医療費は決して高くありません。医療費を削減しなければ財政が破綻するなどというのはあきらかに誇大宣伝。現在の医療費は年間40兆円ですが、日本国民はその半分ぐらい(19兆円)をパチンコにつぎ込んでいるのですから。

●かけ声だけの「介護離職ゼロ」

では、介護はどうなるのでしょうか。要支援1,2にランク付けされた約100万人の人たちは介護保険の枠から外されてしまいました。介護保険を受給している人の約2割です。「軽度者」と呼ばれているのですが、その実態は「独居、疼痛、めまいなどの症状に加え日常生活も困難。訪問介護の利用でなんとか生活」(88歳)「掃除や風呂掃除もできず援助がないと一人暮らしは難しい」「(87歳)「高度難聴のため意思疎通は筆談。長時間の座位、長距離歩行はできない」(88歳)といった具合(全日本民医連調査)。

自立しろと言われても、生きてゆくことができません。

要支援者にかかる費用は給付全体のわずか5.7%(5133億円)にすぎないにもかかわらず、なぜこういうことをするかというと、これは手始めに過ぎず、段階的に介護保険の対象を減らしていこうと考えているからです。カネだけ払わされて、介護はない。まさに「保険あって介護なし」なのです。そして、介護保険サービスから外れた人たちは地域のボランティア、しろうとの手にゆだねようと考えています。

アベノミクスの「新三本の矢」として「介護離職ゼロ」を掲げていますが、そもそもこれは矢でなくて「的(まと)」です。それはともかくとして、介護で仕事を辞めることがないようにするためには、介護施設と介護サービスを充実させることが必要です。

しかし、施設は多少は作るが十分にはつくらない。介護報酬は引き下げるので、事業所はどんどん潰れています。「介護報酬が今年4月から9年ぶりに引き下げられたなか、2015年1-9月の「老人福祉・介護事業」の倒産は57件に達した。9月集計時点ですでに前年の年間件数(54件)を上回り、介護保険法が施行された2000年以降では、過去最悪ペースで推移している。介護職員の深刻な人手不足という難題を抱えながら、業界には厳しい淘汰の波が押し寄せている」(東京商工リサーチ2015年10月08日)

002老人介護施設倒産

「介護離職ゼロ」は、かけ声だけで具体的な支援策はないに等しい。自助努力が強調され財政支出を抑制。方向転換して、ここにどんと予算をつけることが必要です。

2015年の社会保障給付の総額は116兆円(年金が59兆円、医療が37兆円、介護を含む福祉が21兆円)です。厚労省はこのままでは2025年には141兆円になるので抑制するというのですが、かりに141兆円になったとしても日本経済はびくともしません。このことは、最後にお話ししたいと思います。

2.教育を重視する

第1次安倍政権は教育基本法をズタズタにしました。もともとの10条の規定する教育行政のあり方は次のようなものです。

「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」

教育内容に口出しすることなく、条件整備をきちんとしなさいということですね。しかし、口ばかり出して、条件整備を怠っています。

003教育費自己負担

日本は公財政支出がOECDで最低で、私費負担はアメリカや韓国とともに高い(グラフ)。2013年、日本国内で530兆円もの富がつくりだされましたが、大学など高等教育機関に使われたのは0.7%でOECD諸国の平均の半分で、30カ国中最低です。世界では大学の学費は無料の国も多いし、学費があっても日本ほど高い国はありません。

そして、ほとんどの国には返済不要の給費制奨学金がありますが、日本は奨学金という名の教育ローンです。ある学生は4年間で600万円借りて卒業時には利子込みで800万円。月々3万5千円を20年もかけて返さなければなりません。学費を工面するために、風俗で働く短大生は「貧乏なのに進学した罰だと思った」といいます。

少なくてもOECD諸国なみに教育予算をつけ、学費を無料にして給費制奨学金制度を導入して、金のあるなしにかかわらず大学に行きたい人が行けるようにすべきです。

3.労働者と中小企業重視

日本経済の立て直しのカナメをなすのは、労働者と中小企業の果たしている役割をきちんと見て対応することです。

労働者は15歳以上の人の6割以上を占めます。そして、経済を動かす力の6割が個人消費です。労働者の収入が増えれば、個人消費が伸び、モノやサービスが売れるようになる。この当たり前の理屈が通用しないのが、アベノミクスです。

とっくに破綻ずみのトリクルダウン説に基づいて政策を立てている。大企業や大金持ちに手厚くすれば、それがしたたり落ちて(トリクルダウン)、下々も潤うというのもの。大金持ちは確かに私たちより高額なものを消費しますが、なにしろ少数ですから全体としては消費の伸びにさほど貢献しません。大企業は儲かっても雇用機会を拡大したり、設備投資をしたり、賃上げをしたりしません。儲けが減るからです。

日本経済を建て直すためには、労働者の生活水準を引き上げることが必要で、賃金の大幅引き上げし、非正規雇用をなくして、憲法25条が保障する健康で文化的な暮らしを誰もができるようにしなければなりません。8時間労働制を厳密に守り、時間外労働を厳しく規制すること、ヨーロッパ並のバカンス(1ヶ月)を全ての労働者に保障すること。バカンスの制度化はヨーロッパのように観光業を発展させることにつながります。

中小企業も重要です。企業数の99.7%が中小企業であり、約8割の人が中小企業で働いています。中小企業の安定的な発展は健全な日本経済のあり方にとっても、そこで働く
労働者にとってもきわめて重要な問題です。中小業者は地域社会の担い手であり、地域の産業、経済の振興に貢献しています。経営が安定し、働いている人の生活にゆとりが生まれれば、個人消費が伸びるでしょう。民主党政権下で閣議決定された中小企業憲章は「中小企業は経済を牽引する力であり、社会の主役である……創意工夫を凝らし、技術を磨き、雇用の大部分を支え、くらしに潤いを与える」と言っています。

しかし、このような役割にふさわしい扱いを中小企業は受けていません。2014年には倒産が9700件、休廃業が2万7千件にものぼりますが、手を打つことなく潰れるに任せているという状況です。中小企業対策費はわずか2千億円。在日米軍関係経費の総額は年7000億円を超えています。消費税が8%になり、トヨタ1社だけでも2600億円(推計)も消費税が還付されます。まったく逆立ちしています。

もう一つ、中小企業を苦しめているのは大企業による下請けいじめです。2014年度に公正取引委員会が「下請代金法」違反として、企業に対して行った指導件数は5461件。実際にはその数倍(数十倍?)もあるはずです。

消費税増税分を払わない、無謀な値引きを迫る。単価から原材料費を引いた加工賃は10年間で半分以下になったといいます。「いやならお宅でなくてもいいのです」と大企業が優位な立場を悪用し、下請け企業に無理を強いることが日常化していてほとんどが泣き寝入り。

下請代金法を厳格に適用し、かつ強化を図ることが必要です。検査官を大幅に増やして、下請事業者からの申し立てがなくても調査に入れるようにする。そうして、中小企業いじめをなくさなければなりません。

4.男女平等を進める

男女差別の最たるものの1つが雇用における差別です。この問題も著しく日本経済を歪めています。企業などで働く人の4割以上が女性ですが、女性の賃金は正社員で男性の7割、管理職の女性比率は1割以下です。

大企業ほど賃金格差が大きく、女性管理職比率が低い傾向にあります。働く女性の半数以上がパートや派遣、契約社員など、非正規で働いています。

ヨーロッパには短時間労働はあっても、正規・非正規といった区別はありません。
8時間を標準時間とするならば、6時間で働く人は、フルタイムの4分の3の処遇(社会保険を含む)を受けます。これと同じようにすればいいのです。日本では安上がりの労働力としてパートという働かせ方をつくり出し、4分の3の労働時間で3分の1、4分の1の処遇をすることがまかり通っています。非正規雇用者の約8割が女性。男女平等を進めるためにも非正規雇用をなくすことが必要です。

雇用における男女不平等の最大の被害者は、シングルマザーです。

母子世帯の9割近くが年収300万円未満、平均年収は171万円に過ぎません。100万円未満も3割以上います。シングルマザーのかなりの部分が生活保護を受給しているというデマ宣伝がありますが、生活保護を受給している世帯は6.4%にすぎません。

働いてなおかつ貧困なのです。労働基準法第4条「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」を実効あるものとしなければなりません。差別が是正され女性の賃金が上がれば、税収も増え政府にとってもお得なのですが、大企業のためにそれをしません。

5.「3つの聖域」にメスを入れる
大企業 大富豪 軍事費

社会保障と教育を充実し、労働者と中小企業を手厚く処遇。それで男女平等もどんどんすすめる。できればいいかもしれないけど、どこにそんなお金があるのかと思われるでしょう。あるところにはあるんですね。日本経済には3つの聖域があります。それは大企業と大富豪、在日米軍の駐留経費を含む軍事費です。じつはここにお金が埋まっている。

第一に、大企業です。大企業には莫大な利潤が蓄積されており、その見えている部分を内部留保といいます(利潤の全てではありません)。設備投資のためでもなく、雇用するためでもなくため込まれているお金です。この使うあてのないお金がグラフにあるように300兆円もあるんですね。

004大企業内部留保

いくらなんでも多すぎます。使うあてのないお金ですから、もっと少なくても全く困らない。

この内部留保をまず、直接的に労働者に還元します。賃金を引き上げる。非正規雇用を正規労働者に転換する。女性差別を是正するための原資にする。最低賃金を引き上げる。労働時間を短縮し、有給休暇の完全取得、日数延長。不払い残業の根絶。社会保険料負担割合を労使折半から労働者3、使用者7に変える。

中小企業に対しては下請け単価を引き上げるために使う。

もう一つの道は課税をすることです。

といっても内部留保に対して課税するわけではありません。この間、引き下げ続け、さらに引き下げようとしている法人税率を、もとへ戻すのです。

グラフを見て下さい。

005消費税使い道

1989年に消費税が導入されて以降2014年までの消費税収282兆円に対して、法人税減税は255兆円。消費税をいくら上げても社会保障がよくならない理由がここにあります。法人税率は1989年の40%から25.5%まで引き下げられているのです。

さらにそれを引き下げようとしているのですが、下げずに元へ戻す。もし、法人税率40%のままだったら255兆円を社会保障や教育予算などに使うこともできたのです。大企業は儲けを減らしたくないばかりに「日本の法人税は高い」「法人税減税しないと国際競争力が低下する」というデタラメを振りまいているのです。

第二に大金持ち、大富豪です。

柳井正氏、孫正義氏、三木谷浩史氏ら1000億円以上の資産を持つ人が14人。500億円~1000億円未満が33人。100億円~500億円未満が702人。50億円~100億円未満が1719人。10億円~50億円未満が3万7169人。5億円~10億円未満が9万1969人。1億円~5億円未満が199万4004人。あわせて212万6千人で成人の約2%にあたります。

この2%の人たちの資産総額は国公労連の井上伸さんの試算によると少なく見積もっても300兆円を超すそうです。
グラフを見て下さい。

006金持ちほど低い所得税

資産(持っているもの)ではなく所得(入ってくるもの)の話になりますが、1億円までは所得が多いほど負担率が高い累進課税です。しかしそれより多くなると負担が減っていくという摩訶不思議な構造になっています。大金持ち優遇なんですね。これをきちんと累進にすれば、これも相当な税収となるでしょう。

第三に軍事費です。

2016年の予算案は5兆円超突破。グラフを見ても分かるとおり、「冷戦期」以後の方が多いのです。アメリカが軍事予算を減らした分の肩代わりが求められているからです。自衛隊を人命救助隊に改組すれば軍備はいりませんので、予算は半分近くまで減らすことができるでしょう。

年間7000億円もの米軍駐留経費は、そもそも安保条約上も地域協定上も負担する義務のないお金ですから、全額ゼロにできます。駐留経費負担のない日本は米軍にとってうまみがありませんので、米軍基地の減少と安保条約そのものの廃棄への、アメリカ側の条件をつくります。

このように、3つの聖域にメスを入れれば、お金はいくらでも出てきます。さらに労働者や中小業者の所得が増えれば、税収が増えることにもなり、国民向けの施策の財源になります。

それを日本に生きる人びとに使うだけでなく、世界の貧しい人たちのために使うことができる。国連は世界から貧困をなくすために2000年に「ミレニアム開発目標」を決め、2015年を達成期限として努力してきました。目標をなしとげれば「5億人が貧困から脱し、2億5000万人が飢餓を免れ、5歳の誕生日を超えて生きることはなかったはずの3000万人の子どもたちの命が失われずにすむ」。

この15年でみるべき前進がありましたが、それでも道半ば。1日1.25ドル未満で暮らす人びとは今なお8億4000万人もいます。

ミレニアム計画の出発時点で、目標達成には400~700億ドル(4兆円~7兆円)が必要だと国連は試算していました。かなり前進したので、日本の軍事予算5兆円ぐらいで、楽々目標達成でしょう。日本の経済力は国民の暮らしを変え、世界を変える力を持っているのです。

(「第9条の会ヒロシマ」会報88号2016年1月)