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2026-09-07

府中町のシティプロモーションについて 2026年9月議会 一般質問 全文


以下の原稿は、府中町議会の公式記録ではありません。
また、年号については西暦に統一しています。

 

1.シティプロモーションとは

16番、二見です。府中町のシティプロモーションについて質問いたします。

自治体を売り込む

寺尾町長は、市制移行をシティプロモーションの一環と位置づけています。私はこの点について、6月議会の質問の最後に、次のように述べました。

外向けのイメージに投資するのか。それとも、数年後、数十年後に住民から「本当に暮らしやすい町になった」と評価される「足元の現実の暮らし」、すなわちアメニティを充実させるのか。

イメージ戦略を追うのではなく、この都市としての実態、住民の暮らしの質を充実させることこそが、府中町の進むべき道である。

住民の暮らしの充実を土台にすべきだという考えに変わりはありません。

しかし、暮らしの充実を土台としたシティプロモーションまで不要だと考えているわけではありません。そこで今回は、シティプロモーションのあり方について質問します。

さて、シティプロモーションとは何でしょうか。

シティプロモーションは和製英語ですが、ざっくり言えば、「自治体を売り込む」ことです。

しかし、この言葉だけでは、誰に何をアピールし、どのような成果を目指すのかは明らかではありません。

実際、その目標は自治体によって異なり、移住・定住の促進、観光客の誘致、企業誘致、関係人口の増加など、実にさまざまです。

シティプロモーション自治体等連絡協議会は、「捉え方は多々ありますが、その一つは、そこに住む地域住民の愛着度の形成と考えます。その先には、地域の売り込みや自治体名の知名度の向上と捉えることも可能です」と説明しています。

ですから、単に外へ宣伝すればよいというものではありません。その前提には、「地域住民の愛着度の形成」があります。

住民が「いい町だな」と思える実態があって初めて、効果的なシティプロモーションになるのです。

住民の誇りと愛着

この点に関わる大切な言葉が、「シビックプライド」です。

シビックプライドとは、住民が自分の暮らす地域に対して抱く「誇り」や「愛着」のことです。

しかし、それにとどまるものではありません。「このまちをより良くするために、自分も関わっている」という、強い当事者意識や自負心も含まれています。

こうしたシビックプライドが、シティプロモーションを内側から支えるのです。

町民が町の価値を実感してこそ、町外への発信にも説得力が生まれます。

そして、町の魅力を外へ伝えることが、町民自身にとっても、その価値を再発見するきっかけになります。

シティプロモーションには、内と外を結ぶ、こうした循環が必要です。

もう一つ大切なのは、誰に働きかけるのかです。誰にでも同じように発信するだけでは、メッセージは届きません。

どういう人たちに、何を伝え、どのような成果を目指すのかを明確にして取り組む必要があります。

そこで質問です。

府中町は、シティプロモーションをどのように捉え、誰に何を発信し、どのような成果を、めざして取り組むのでしょうか。また、そのなかで、町民の愛着やシビックプライドをどのように位置づけているのか。町の考えを伺います。

総務企画部長

シティプロモーションの位置づけ

回答をさせていただく前に、まず、当町のシティプロモーション施策の位置づけについて、ご説明をいたします。

当町におけるシティプロモーションの取り組みは、従前よりプロモーションビデオや府中町PR大使をはじめとした魅力発信事業を推進してきております。 

また、町行政と議会で策定を進めました、本年度を始期とする第5次総合計画において、「基本構想」の『基本目標6 みんなの「暮らしたい」を支える』に位置づけられています。 

この基本構想に基づき、基本計画では「基本目標6 基本施策(1)魅力的で暮らしたくなるまちをつくる」の、「単位施策① 地域ブランドカの向上と発信」の中において、

 ・「地域資源を活用し、まちの新たな魅力をつくり出すことで、郷土愛の醸成とまちの活性化を図ります。(インナープロモーション)」、

 ・「まちの魅力や情報などを幅広<発信していくことで、地域ブランドカを向上させ、移住人口や関係人口の増加を促進します。(主にアウタープロモーション)」、
 としており、

シティプロモーションの取り組みは、町内向け・町外向けの両面で推進するものとして、第5次総合計画に基づく計画的な取組みとして位置づけています。

シビックプライドの位置づけ

それでは、「誰に何を発信し、成果目標は何か」、また、「町民の愛着やシビックプライドの位置づけ」について答弁いたします。 

先ほど前提でご説明いたしましたとおり、第5次総合計画に基づいて、いわゆる内向けのインナープロモーション活動を通じたシビックプライド・町民の愛着の醸成に併せ、外向けとなるアウタープロモーション活動の両面で取り組むこととしています。

具体的な取組みとしては、町制90周年イベントの実施、LINEのリッチメニューを活用した行政の適時適切な情報提供、東京で開催される移住・定住フェアへの参画、魅力発信を行っているほか、集客力の高いミナモアやイオンモール広島府中の映画館バルト11などでPR動画の映像を流すなどを行っています。

成果目標は認知度の向上

なお、議員ご質問の「成果目標」については、第5次総合計画の策定に際して施策指標・事務事業指標といった事業進捗の尺度・物差しを設定しているところは、議員ご承知のことと思います。

シティプロモーションに関する取組みが包含されている魅力発信事業において、施策指標は「府中町の認知度」であり、事業指標は「プロモーションサイトのアクセス数」を設定しており、毎年度終了後には行政評価として、実績値とその取組み内容の評価を行うことで、PDCAを推進していくこととしています。

2.全国の取り組み

二見議員 つぎに、シティプロモーションの効果について伺います。

全国では、多くの自治体がシティプロモーションに取り組んでいます。

しかし、成果を上げるのは簡単ではありません。

ここでは、成功例としてよく紹介される三つの自治体を取り上げます。

①ターゲットを明確に――千葉県流山市

千葉県流山市は、シティプロモーションの代表的な成功例として、よく紹介されます。有名なのは、「母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。」というキャッチコピーです。

発信する相手を、首都圏に勤務する30代の共働き子育て世帯に絞り、東京都内の主要駅へ広告を出しました。

2004年に約15万2,000人だった流山市の人口は、現在、約21万7,000人まで増えています。

広告を出すことによって人口が増えたのでしょうか。そうではありません。

2005年のつくばエクスプレス開業と沿線開発という条件がありました。

また流山市は、保育所や送迎保育ステーションなど、共働き世帯が子育てしやすい環境を整えてきました。

こうした条件と政策によって生まれた地域の魅力を、対象を明確にして発信したことが、成功につながったのです。

子育て世帯に選ばれる暮らしの実態をつくり、その魅力を必要とする人へ的確に届ける。流山市の成功は、政策と発信を結びつけたところにあります。

②暮らしの安心を地域の魅力に――兵庫県明石市

明石市も、人口増加の成功例として知られる自治体です。

2026年度の施政方針によると、人口は13年連続で増えています。

明石市が全国的に知られるようになった最大の理由は、やはり広告ではなく、子育て施策です。

こども医療費を高校卒業まで無料にする、第2子以降の保育料を無料にする、中学校給食を無料にするなど、子育て世帯が効果を実感できる施策を進めてきました。

こうした取り組みへの評価が、口コミや報道を通じて広がりました。

また、交通の利便性や住宅供給といった条件に恵まれていることも、人口増加とシティプロモーションを支える土台となっています。

このように、良い政策を進め、住民がそれを評価する。その評価が口コミや報道で広がり、選ばれる自治体になる。この流れをつくったことこそが、明石市の成功につながったのです。

③写真で内と外を結ぶ――北海道東川町

北海道東川町は、1985年に「写真の町」を宣言し、写真文化による町づくり、暮らしづくり、人づくりを40年以上にわたって進めてきました。

雄大な自然や田園風景を写真で切り取り、町の価値として内外へ伝える取り組みです。

東川町文化ギャラリーを整備し、東川町国際写真フェスティバルや「写真甲子園」などを開催しています。

「自然」と「人」、「人」と「文化」、そして「人」と「人」が写真を通じて出会う、世界に開かれた「写真映りのよい町」をめざしています。

写真による町づくりは、人も育てています。「写真甲子園」に大阪から出場した高校生が、大学進学後はボランティアとして大会に参加しました。

大会を支える大人たちの姿に感動し、その後も何度も東川町へ通いました。やがて、自分もその一員になりたいという思いから、東川町へ移住し、町の職員として働く道を選びました。

また、「写真の町」の取り組みは、町の風景を守り育てる政策にもつながっています。「美しい東川の風景を守り育てる条例」や「東川町景観計画」をつくり、大雪連峰の山並みと調和する、ゆとりとうるおいのある住宅景観をめざして「東川風住宅設計指針」を定めました。

写真によって町の魅力を外へ伝えるだけではありません。もともとある美しい風景を守り、その価値をさらに高めるため、景観づくりも進めてきました。

外への発信が内側の町づくりを促し、その町づくりが、さらに外へ伝える価値を高める。この循環によって、東川町は町の魅力を育ててきたのです。

ここまで紹介した三つの自治体には、共通点があります。

まず、住民の暮らしを支える政策や、地域に根差した価値があります。そして、誰に何を伝えるのかを明確にし、その価値を必要とする人へ届けています。

これに照らすと、市制移行をシティプロモーションと位置づけるだけでは、誰に何を伝え、どのような成果をめざすのかが見えてきません。

また、その発信を内側から支える政策や地域の価値も明確ではありません。町から市へ名称を変えることが、なぜ人口の維持につながるのかも、具体的に示されていません。

そこで質問です。

町は、市制移行によって府中町にどのような価値が新たに生まれ、それが人口の維持や企業誘致にどのように結びつくと考えているのでしょうか。また、そのように考える具体的な根拠を伺います。

総務企画部長

当町では、第5次総合計画において、10年後の人口515,000人といった人口規模の維持を掲げ、これから新たなまちづくりを進めてい<タイミングであり、町においても人口減少の局面を迎えたことも背景に、「単独自治の在り方の検討」を含めた第5次総合計画の施策全体を推進することにより、地域の活性化や、人口の維持を図ることとしています。

この第5次総合計画において、まちの将来像である「みんなの『暮らしたい』がかなうまちあきふちゅう」の実現に向けて施策を総動員させて取組を進めているところですが、その取組みの一環として、地域に「人」「モノ」「カネ」「情報」「仕事」を呼び込み、町全体の発展と成長につなげていくことが重要と考えています。

そのためには、町外の人や企業に当町の魅力を知ってもらい、当町を選んでもらえるよう、魅力やブランドカを高め、発信していくことが重要になります。

当町は、商・工・住のバランスが取れたまち、住み心地がよいと高い評価を得ていますが、一方で、「町」とあることで、県外の人からは、当町の都市的な実態と異なるイメージを持たれることがあります。

こういったことを踏まえ、当町の都市的な実態を最も分かりやす<発信でき、また、全国の町村で唯一人口が5万人を超える当町でしかできない取組として全国的に注目度が高い「市制施行」について、課題解決に向けた手段の一つとして考えています。 

議員ご指摘のとおり、市制施行はそのものが目的ではなく、手段であり、町としても、これ(市制施行)を以って、直ちに価値が新たに生まれ、人口の維持や企業誘致に結びつくといったものであると考えていません。

市制施行に至るまでのプロセス、市制施行に関する各種取り組み、また、市制施行後も切れ目のない継続的な情報発信を実施することで、中長期的な視点で結果に結びつくものであると考えてます。

なお、当町における市制施行の議論については、過去には2001年から2004年にかけて自治制度のあり方が議論になった際、住民懇談会やアンケート調査、住民投票において選択肢のーつとして検討されたほか、2010年から2012年にかけては、議会に「自治制度特別委員会」が設置され、最終的な調査研究報告として、「市制移行は、『行政・住民とも自主自立への意識の変革を行い、地域の活性化を図り、日本一暮らしやすいまちづくりをめざす』ための体制強化には有効な方策であるという認識に至った」とされています。

これらの経緯も踏まえ、市制施行を含めたまちの在り方を検討することは、当町にとって過去から継続したテーマであり、将来に向けて必要な議論であると考えています。 

第5次総合計画に基づき、ハードソフト両面のまちづくりを進めていくことで町の魅力を磨き上げるとともに、市制施行を一つの契機として、認知度の向上に繋げることが重要と考えています。このことを町民の皆さんに丁寧に説明していきたいと思っています。 

《2回目の質問》

二見議員 市制施行そのものによって、直ちに新たな価値が生まれたり、人口の維持や企業誘致につながったりするものではない、という内容を含む答弁でした。

私は、以前「風が吹けば桶屋が儲かる」ような話だと言って批判しました。

「桶屋が儲かる」、すなわち市制施行が「人口の維持や企業誘致」に結びつくためには、「市になる」ことから始まって、知名度が上がるなど、いくつかのステップを経てゴールにたどり着く、というのが町の説明だったからです。

市になれば人口の維持や企業誘致につながるという、単純な話ではないことは、今回の答弁ではっきりしました。

町が期待しているのは、市制施行そのものの効果ではなく、市制施行を契機とした情報発信による中長期的な効果だということです。

しかし、その情報発信が、人口の維持や企業誘致という「桶屋が儲かる」ところまで本当に結びつくかどうかは、また別の問題です。

仮に人口が増えたり、企業が誘致できても、それが本当に「市になった」ことによるものなのかを証明するのは難しいわけです。

そのことを確認したうえで、2回目は、府中町にふさわしいシティプロモーションについて、具体的な提案をしたいと思います。

3.人口日本一の町と村の交流

読谷村との交流

それは、「人口日本一の町」である府中町と、「人口日本一の村」である沖縄県読谷村との交流です。

「人口日本一の町」と「人口日本一の村」が連携すれば、双方の存在と魅力を全国へ向けて発信することができます。

府中町が「人口日本一の町」であることは、多くの町民が知っています。しかし、全国ではどうかというと、「知る人ぞ知る」存在ではないでしょうか。

府中町と府中市を取り違えている人も少なくありません。

では、「人口日本一の町」という特徴を、これまで全国にアピールしてきたのかというと、積極的であったとは言えないでしょう。

しかし、シティプロモーションのために莫大な費用をかけて市へ移行する必要はありません。

むしろ、人口日本一の村である読谷村と連携し、さまざまな企画に一緒に取り組んでいけば、ずっと大きな効果が期待できます。

読谷村はどんな自治体か

沖縄県読谷村は、2026年6月末現在で人口4万2,351人。村は積極的に「日本一人口の多い村」をアピールしています。

読谷村は2014年、岩手県滝沢村が市制へ移行したことで、「人口日本一の村」となりました。

その際には祝賀式典やカウントダウンイベントを開催し、「日本一人口の多い村」を誇りとし、情報発信に生かしています。

つまり、読谷村は、「人口日本一の村」を地域のブランドとして活用している自治体なのです。

人口日本一の町「府中町」と、人口日本一の村「読谷村」。この二つの自治体が一緒に取り組む。

それだけでも、多くの人の関心を引くのではないでしょうか。

今回は、非核平和を中心に据え、スポーツ、文化、食とお酒へと交流を広げるという企画を提案をします。

(1)非核平和で結ぶ

原点としての非核平和

第1に、非核平和の取り組みです。

府中町と読谷村を結ぶものは、「人口日本一」という共通点だけではありません。

二つの自治体には、非核平和という、さらに深い結びつきがあります。

1982年、非核自治体宣言の運動が全国へ広がります。

3月25日、府中町は「非核町宣言」をしました。6月には、読谷村も非核宣言をしています。

そして8月5日、6日の両日、府中町の呼びかけで、「非核宣言の輪を広げよう」と題するシンポジウムが開かれました。

全国から九つの非核宣言自治体の首長が集まり、読谷村長も、その一人でした。

それだけではありません。

その後、府中町と読谷村を含む6つの自治体の職員が、非核自治体の全国組織をつくるため、府中町で準備会を重ねます。

その取り組みが、1984年の非核都市宣言自治体連絡協議会の結成へつながりました。

つまり、府中町と読谷村の交流の原点は1982年にあり、非核平和の願いを全国へ広げるために、ともに力を尽くした古くからの友人なのです。

「朋あり、遠方より来たる。亦た楽しからずや」という言葉があります。

長い年月を経たいま、非核平和を次の世代へ伝える仕事を、もう一度始める。そこに、この交流のもっとも大きな意義があるのではないでしょうか。

未来をつなぐ非核平和

読谷村は、沖縄戦で沖縄本島に米軍が上陸した地点の一つです。

「鉄の暴風」と呼ばれた猛攻撃が加えられ、多くの村民が命を失いました。沖縄戦から80年以上が過ぎたいまも、村の面積の36%を米軍基地が占めています。

府中町は「きのこ雲を見た町」であり、爆風や熱線による甚大な被害を受け、多くの町民が犠牲となりました。

また、原爆ドーム保存運動のきっかけをつくった楮山ヒロ子さんは府中小学校、府中中学校を卒業しています。

府中町出身の歌手であり俳優の吉川晃司さんは、2009年に「あの夏を忘れない」をつくりました。府中小学校の児童が被爆者から聞いた体験を基に詞を書き、吉川さんが曲をつけ、出来上がった歌です。

吉川さんにもご協力いただいて「あの夏を忘れないコンサート」を企画し、そこへ読谷村の中学生・高校生を招待するというのも、面白いのではないでしょうか。

また、読谷村には、寺島尚彦さん作詞・作曲の「さとうきび畑」の歌碑があります。「ざわわ、ざわわ」で始まるこの歌は、夏の日差し、広いさとうきび畑、風。そして、海の向こうからやってきたいくさで、鉄の雨にうたれ死んでいった父……。沖縄戦をモチーフにした歌です。

府中町と読谷村の子どもたちが、「あの夏を忘れない」と「さとうきび畑」を一緒に歌う。そんな交流もいいかもしれません。

府中町の子どもたちが、読谷村での沖縄戦の実相を学び、読谷村の子どもたちが、広島の被爆の実相を学ぶ。互いの戦争の歴史と、平和への歩みを学びあえば、非核平和への思いは、さらに強くなるのではないでしょうか。

(2)交流の裾野を広げる

当町と読谷村との交流の原点である非核平和こそ、新たな交流の中心に据えるべきです。

さらに、スポーツ、文化、食などへ広げていき、より多面的に、住民どうしの交流を進めていくことも大切だと考えます。

何を交流企画として実施するのかは両自治体で話し合って決めることが大切で、以下の提案は素材提供であり、たたき台です。

①スポーツで結ぶ

まず、スポーツの交流です。

府中町の「WACTORYパーク揚倉山」(揚倉山健康運動公園)は、2028年4月からサンフレッチェ広島レジーナの練習拠点となる予定です。

一方、読谷村には「ZANPAプレミアム残波岬ボールパーク」があります。サガン鳥栖がトレーニングキャンプを行い、一般公開しています。

そこで、府中町と読谷村の中高生による親善試合や、プロチームの選手やコーチによるサッカー教室を開くことも考えられるのではないでしょうか。

野球交流も考えられます。子どもたちの交流試合に、カープ観戦を組み合わせる。読谷村の子どもたちには、ぜひマツダスタジアムでカープ観戦をしてほしいと思います。

②文化で結ぶ

次に、文化交流です。文化には、音楽、美術など、さまざまな分野があります。

府中町の文化交流として、まず生かしたいのは将棋です。「村山聖杯将棋怪童戦」へ読谷村の子どもたちを招くほか、インターネットを使った対局を行うなど、継続的な将棋交流へ発展させることも考えられます。

読谷村では、地域ごとに伝統芸能のエイサーが受け継がれ、エイサーの催しも開かれています。

読谷村でエイサーに取り組む人たちを、府中つばき祭りやかっぽ府中町民まつりへ招き、演舞を披露してもらう。

府中町の人たちが読谷村の文化に触れ、交流する機会になるのではないでしょうか。

③食とお酒で結ぶ

3つ目は、食とお酒の交流です。

食の交流にもさまざまなものが考えられますが、ここで紹介したいのはお酒です。

読谷村には泡盛「残波」があり、府中町には水分峡の伏流水で仕込んだ日本酒「安芸椿」があります。「残波」を府中町の人に、「安芸椿」は読谷村の人に飲んでいただく。お酒を入り口に互いの地域を知るきっかけになります。

また、「残波」を「安芸椿」の仕込み水で割って味わう「グラスの中の出逢い」というのも、素敵ではないでしょうか。

沖縄では、焼き物を「やちむん」と呼びます。読谷村には50を超える窯元があり、県内有数の窯どころです。

「やちむん」の、ぐい呑みで「安芸椿」を味わう。これも、町と村を結ぶ一つの楽しみ方ではないでしょうか。

(3)小さく始め、交流を育てる

ここで大切なのは、交流を一度きりで終わらせないことです。今示した案を全部やる必要はありません。

最初の年は府中町から読谷村を訪ね、次の年は読谷村から府中町へ来てもらう。

交互に行き来しながら、その年ごとにテーマを変え、組み合わせて、交流を育てていくのです。

オンラインで、子どもたちが学習や活動の成果を発表し、住民どうしが話し合うというやり方もあります。

さらに、広報紙やSNS、動画でその様子を伝えれば、交流を広げていくことができます。

マツダ スタジアムの「わがまち魅力発信隊」を活用することも考えられます。

府中町と読谷村が共同で出展し、パンフレットの配布や特産品の販売、大型ビジョンでの紹介などを行えば、球場を訪れた多くの人に、人口日本一の町と村を印象づけることができます。

こうした交流を毎年積み重ねていけば、そのたびに新しい話題が生まれます。それを発信していくことが、継続的なシティープロモーションにもなるのではないでしょうか。 

そこで質問です。

人口日本一の町と村の交流を進める考えはありませんか。町の考えを伺います。

政策企画課長 

現在、市制施行を調査研究している状況ですが、市制施行の如何に関わらず、府中町の単独自治を発展・維持する施策としてのプロモーションの展開、シビックプライドの醸成は進めていくべきものと考えています。 

一方で、議員ご提案の交流活動は、姉妹縁組的なインナーの交流事業が主となるものと思われます。

今後については、現在実施しているプロモーションを継続するとともに、府中町にとってどのようなプロモーションが効果的か他自治体の事例等も参考にしつつ調査研究していきたいと考えています。

《3回目》

先ほど、私が提案した読谷村との交流については、1回目の答弁にもありましたが、「姉妹縁組的なインナーの交流事業が主」という答弁でした。「内向き」という意味かと思います。

しかし、私の提案は、二つの自治体が交流することだけを目的にしたものではありません。

「人口日本一の町」と「人口日本一の村」。

この非常に分かりやすい組み合わせを生かして、両地域が互いの魅力を発信する。

子どもの交流、平和学習、文化、スポーツなどへ広げながら、継続して町内外、村内外へ発信していく。これは、十分に外向きの発信になる。しかも、金はさほどかかりません。

首長どうしの交流や広報、SNS、オンラインでの交流など、小さなところから始めることができます。

さらに交流を広げていったとしても、市制施行に必要となる2億円以上の経費とは比較にならないほど少ない経費で、何年にもわたって続けることができます。

市制施行は、一度きりの出来事です。

それに2億円以上のお金を使う一方で、市になれば、府中町がいま持っている「人口日本一の町」という全国で唯一の看板は失われます。

そして、「人口日本一の町」と「人口日本一の村」が交流するという、格好のシティプロモーションの企画も、使うことができなくなります。

私は、それを大変残念に思います。

今ある府中町の強みを生かし、はるかに少ない経費で、交流と発信を長く続けていく。その方が、府中町らしいシティプロモーションになるのではないかと考えています。

今の答弁では、「今後については、府中町にとってどのようなプロモーションが効果的か、他自治体の事例等も参考にしつつ調査研究」するとのことでした。

ぜひ、人口日本一の町・府中町と、人口日本一の村・読谷村との交流も、調査研究の対象に加えていただきたいと思います。

今回、いろいろな交流の素材を示しましたが、先ほども述べたようにあくまで素材提供であり、たたき台です。

また、そのすべてを一度に始める必要もありません。

できるところから始める。そして、一度きりで終わらせず、交流と発信を積み重ねていくことが大切です。

シティプロモーションは、市にならなければできないものではありません。

町のままでも、よりよい町づくりを進めながら、面白い企画を考え、発信していくことはできます。

市になることにこだわらず、今ある府中町の強みを生かしたシティプロモーションを検討していただくことを要望して、私の質問を終わります。

ふたみ伸吾 ほっとらいん

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