暮らしの言葉で政治を語る ――マムダニとDSAから学ぶ

Illustration: Chappy
DSAとは何か
2026年1月、ゾーラン・マムダニがニューヨーク市長に就任しました。マムダニは民主的社会主義者を名乗り、DSA(Democratic Socialists of America=アメリカ民主社会主義者)の支援を受けて選挙をたたかいました。
DSAとはどのような団体なのでしょうか。
DSAは政党ではなく、自らを非営利の活動組織と位置づけています。2026年8月現在、会員数は12万人以上です。
DSAは、選挙で政治家を送り出すとともに、政治運動、労働運動、住宅問題をはじめとする地域でのさまざまな運動に取り組んでいます。普通の人びとが意思決定に参加できることを重視しているのです。[Democratic Socialists of America (DSA)]
DSAは「民主的社会主義」を掲げています。
では、その民主的社会主義とはどのような考え方なのでしょうか。
DSAのサイトには、ジョセフ・シュワルツとジェイソン・シュルマンによる理論文書『自由へ向かって――民主的社会主義の理論と実践』(*Toward Freedom: Democratic Socialist Theory and Practice*、2012年)が掲載されています。
この文書によれば、民主的社会主義の理念は、マルクス主義、宗教的・倫理的社会主義、フェミニズムなど、複数の思想から着想を得たものです。
マルクス主義もその源流の一つですが、DSAの民主的社会主義は、特定の思想を理論的基礎とするものではありません。
また、社会主義を「道徳的かつ政治的な選択」と捉えていることも、DSAの民主的社会主義の特徴です。
[Democratic Socialists of America (DSA)]
「資本主義のない一日」
DSAの2026年の政策綱領には、*Workers Deserve More*――「働く人は、もっと報われていい」とでも訳せる題がついています。
その冒頭は、*A Day Without Capitalism*――「資本主義のない一日」です。
「資本主義のない未来で、仕事が休みの日を想像してみよう」と始まります。
朝は子どもを学校へ送り、用事を済ませ、病院へ行く。午後にはスポーツをしたり、本を読んだり、旅行の計画を立てたりする。夕方になれば、友人や家族と食事をし、映画を見たり、公園へ出かけたりする。
DSAは、そんなごく普通の一日の暮らしから、資本主義のない未来、つまり民主的社会主義がめざす社会を描き出しています。[DSA Program]
そして、その暮らしを支える食料、教育、エネルギー、医療、交通を、DSAは *common goods and utilities*――「みんなで支える、暮らしに欠かせないものやサービス」と呼んでいます。[DSA Program]
ここで使われている *common* という言葉に注目したいと思います。
DSAの綱領では、私的な利益のためではなく *our common good* のために働く社会を描いています。
また、教育、医療、住宅、エネルギー、交通などについて、誰もが利用できる仕組みや公的な所有を求めています。[DSA Program]
*common* には、「共通の」「共有する」といった意味があります。
この綱領の中では、それが「みんなにかかわるもの」「みんなで支えるもの」という社会のあり方と結びついています。
DSAは、その理念を、朝起きて、子どもを学校へ送り、病院へ行き、友人と食事をする――そんな暮らしの姿として描いているのです。
家賃、バス、保育
マムダニの選挙も、同じです。
マムダニが中心に掲げたのは、家賃の凍結、バスの高速化と無料化、保育の無償化でした。市長就任演説でも、この三つを主要な公約として改めて掲げています。[ニューヨーク市政府]
家賃、バス、保育。どれも日々の暮らしに直接かかわる事柄です。
ニューヨークでは、約100万戸の民間賃貸住宅について家賃の値上げ幅が規制されています。その上限を決める「家賃ガイドライン委員会」は、2026年6月、1年契約、2年契約とも値上げ率を0%としました。[ニューヨーク市政府]
保育については、2歳児を対象とした無料保育を2026年に2000人、翌年には1万2000人へ広げ、4年目までにすべての2歳児を対象とする計画を進めています。[ニューヨーク市政府]
ニューヨーク、とくにマンハッタンでは道路渋滞が深刻で、中心部では自動車の平均速度が時速10キロにも満たないことがあります。バスも渋滞に巻き込まれ、歩くのとあまり変わらない速さしか出せない区間もあります。[MTA]
そこでバスについては、専用レーンを増やし、信号をバス優先にするなどして、渋滞による遅れを減らし、速く、時間どおりに走れるようにする計画を進めています。[ニューヨーク市政府]
“good”は良い?
マムダニは、市長就任後のタウンミーティングで、公共サービスについて次のように述べています。
公共サービスを、「お金のない人だけが使うもの」にはしたくない。
所得にかかわらず、誰もが使いたくなるほど良いものにしたい、というのです。
その例として地下鉄を挙げています。所得に関係なく、便利だから多くの人が利用する。保育も同じようなものにしたいと語っています。[ニューヨーク市政府]
DSAの綱領では *common goods*、マムダニは *public good* という言葉を使っています。
言葉は同じではありませんが、そこには共通する考え方があります。
英語の *good* は、形容詞なら「よい」と訳せばすみます。
ところが名詞になると、ぴったり対応する日本語がなかなかありません。
「善」「利益」「役に立つもの」など、文脈によって意味が変わり、複数形の *goods* になると、「財」「物資」「商品」といった意味にもなります。
そのため、*common goods* を「共有財」、*public good* を「公共財」と訳すこともできますが、ここではもう少し広く、「みんなで支える、暮らしに欠かせないものやサービス」くらいの意味だと理解してください。
貧困対策として必要な支援はもちろん重要です。そのうえで、公共サービスを低所得者向けの支援策だけにせず、所得にかかわらず誰もが利用する、質の高いサービスとして充実させていく。そこには、社会のみんなにかかわるものを、みんなで支えていくという考え方があります。
commonと「公共」
さて、*good* の次は *common* です。
*common* を日本語にすれば、「共通の」「共有の」「共同の」、文脈によっては「公共の」と訳すこともできるでしょう。
しかし、言葉は辞書の意味だけで働いているわけではありません。
英語の *common* がもつ「みんなにかかわる」「みんなで支える」という響きは、日本語の「公共」ではだいぶ減ってしまう気がします。
「公共」といって思い浮かぶ言葉はなんでしょうか?
「公共交通」「公共施設」「公共料金」「公共事業」……。
具体的ですが、なんとなくお役所の匂いがしますよね。
「コトバンク」で「公共」を引くと、「社会一般。公衆。おおやけ」とあります(『精選版 日本国語大辞典』)。そのイメージは漠としています。
DSAの *common* は一語だけで存在しているわけではありません。
食料、教育、エネルギー、医療、交通がある。「資本主義のない一日」がある。マムダニの政治には、家賃、バス、保育がある。
そうした具体的な暮らしの実態や政策があって、その向こうに *common* という理念があります。
ここを抜きにして *common* という言葉だけを取り出し、日本語の「公共」に置き換えても、その政治の中身が伝わるわけではありません。
DSAやマムダニから学ぶとすれば、それぞれの地域の具体的な暮らしの実態を明らかにし、その改善を求める政策として練り上げて、「みんなを支えるもの」「みんなで支えるもの」をどうつくっていくのか、有権者に問いかけることなのではないでしょうか。












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