退職金不支給事件 早期に和解し、この問題に終止符を打つべき

 

府中町教育委員会の課長(当時)が2020年2月5日朝、広島市西区の県道で酒を飲んで乗用車を運転中、信号待ちの乗用車に追突し、乗用車の男性に1週間のけがを負わせました。

道交法違反(酒気帯び運転)と自動車運転処罰法違反(過失傷害)の罪で罰金刑を受け、同年3月に町教委は課長を免職し退職金を全額不支給。

元課長は「退職手当を支給しない」とした町教委の処分は不当として、処分の取り消しなどを求め提訴しました。

10月26日、広島地裁(森実将人裁判長)は「長年の功労を全て没却するほど重大な背信行為とは到底評価できない」として、処分の取り消しと退職手当の支払いを町に命じました。

町はこの判決を不服とし、控訴することについて11月5日、議会の議決を求めました。

議会は控訴そのものについては承認したものの、質疑にたった議員からは全額不支給に対する疑問や一部支給すべきではないのかという意見が出されました。

以下は、私が行った討論の原稿です。


第46号議案「訴えの提起について」賛成の立場から討論いたします。

賛成と言いましても、それは「訴えを提起する」――控訴し、裁判のなかで原告と話し合うということについてであって、退職金の全部不支給に同意するものではありません。

社会通念上著しく妥当性を欠く

10月26日に出された地裁判決は次のように述べています。

まず、一般論として、

退職金の全部不支給は「被処分者の非違行為が、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たる場合に限られるというべきであり、当該程度の重大な背信行為であるとは到底評価できない事案において退職手当の全部不支給処分とした場合には、裁量権の濫用というべきである。(判決13頁)

被処分者の非違行為が、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるかどうかを個別の事案に応じて検討すべきものであるから、被告(府中町)の職員が飲酒運転をした場合に退職手当の全部不支給処分とすることが法令により原則とされていると見ることは出来ない。(同頁)

本件については、

 原告が酒気帯び運転を行った上で本件事故を引き起こしたことは、非違行為の程度として重いものであり、退職手当が相応に減額されることはやむを得ないといえる。(同14頁)

と判断し、その上で次のように結論づけています。

原告の酒気帯び運転及び本件事故の発生は、非違行為の程度として重いものの、とはいえ長年の功労を全で没却する程度に重大な背信行為に当たるとまでは到底評価できないというべきである。

したがって、本件不支給処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものと認められるから、違法である

よって、本件不支給処分は違法であり、取り消されるべきである」(同15頁)

 判決は過去の判例に照らしても妥当なものであり、判決の趣旨に沿った解決をすべきです。

学説 非違行為の程度に応じて減額

労働法の定評あるテキストには、

「退職金の不支給が明記される場合にも、退職金の性格からして果たしてそれが許されるかどうか問題となりうる。判例は一般に、懲戒解雇の場合の不支給・減額規定を有効と認めつつ、退職金請求権が完全に失われるのは、従業員としての過去の功労を無にするほどの非違行為があったときに限るとして、その範囲を限定しようとする」

「『過去の功労を無にした』とか『背信行為』はいずれも相対的な概念であり、この基準によって退職金の全額支給か不支給かを決定することが不適切である場合が多い。そこで、近時のいくつかの裁判例は、非違行為の程度に応じて、一定割合を減額して退職金請求を許容するという立場をとっている」(西谷敏『労働法[第2版]』日本評論社、2008年、274頁)。

と述べられています。

このように、全額を不支給とするのではなく、非違行為の程度――犯した罪の重さによって一定割合を減額する、というのが裁判例の示すところです。

判例も同じ立場

実際に懲戒解雇にともなう退職金についての判例を見てみますと、

日本高圧瓦斯工業事件判決(1984年)は、懲戒解雇の場合に退職金を不支給とする規定があっても、実際には、これを限定的に解釈し、「永年の勤続の功労を抹消させてしまうほどの背信行為がない限り、退職金の不支給は許されない」として、退職金の支払いを認めました。

トヨタ車体事件判決(2003年)は「退職金は、過去の就労に対する賃金の後払いとしての性質を有すると解されるので、解雇が認められるとしても「それだけで退職金不支給規定自体に、当然かつ全面的に法的規範性を認めるだけの合理性があると解するのは妥当でない」としています。

小田急電鉄事件判決(2003年)は、痴漢行為を行った職員の退職金不支給についてですが、小田急電鉄は、「退職金の全額について、支給を拒むことはできない」。しかし、「会社及び従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいる小田急電鉄にとって、相当の不信行為であることは否定できないから、本件がその全額を支給すべき事案であるとは認め難い。そうすると、本件については、本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべき」としています。
 全額不支給ではなく、一定割合での支給を求めているわけです。

日本郵便株式会社事件(2013年)は、酒気帯び運転、物損、逃走した職員の解雇と退職金をめぐって争われました。一審、地裁判決は解雇を相当としつつ、退職金については支払請求の一部を認めました。

 第二審の東京高裁は、退職金は賃金の後払的な意味合いが強く、非違行為によって減額することができるにすぎず、本件では永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信行為であるとまではいえず、交通事故は物損事故であり、民事的にも解決していることから、日本郵便株式会社に現実的な信用上及び営業上の損害が発生したとは言えないとして、退職金の支給を命じた原審判決を維持し、控訴を棄却しています。

全額不支給は妥当性を欠く

退職金は、「労働の対償」「労働の対価」としての賃金であり、労働者には退職金請求権があり、法的な保護を受けます。

その法的性格は、一般に、①賃金の一部が退職時に支給されるという「賃金後払い的性格」、②長年貢献してきたことに対する「功労報償的性格」、③退職後の生活を支えるという「生活保障的性格」――この3つをあわせもつものとされています。

今回の退職金不支給にかかわる非違行為――酒気帯び運転はあってはならないことですが、退職金の性格、今回の一審判決、過去の判例に照らして、退職金の全部不支給は著しく妥当性を欠くものと言えます。

町としてこのままでは受け入れがたいことは理解できますので控訴やむなしと考えます。

しかし、退職金の全部不支給ではいけない。

学説、過去の判例、そしてなにより今回の判決に従い、減額の上支給するというのが妥当です。

判決は、退職金の全部不支給を退けていますが、一部不支給について次のように述べています。

 本判決は「退職手当の全額を不支給とした府中町教育委員会の判断について裁量権の逸脱・濫用があったことを認めるものにとどまり、退職手当の一部を不支給とすることの適否について判断するものではない」

 「本判決による本件不支給処分の取消しが確定した場合、処分行政庁である府中町教育委員会は本判決の趣旨に従って行動しなければならないことになるが(行政事件訴訟法33条1項)、原告に対して退職手当の一部を不支給とする処分を行うことは制限されるものでなく、一部不支給処分をするかどうか、同処分をする場合にどの程度の範囲で不支給とするかは、第一次的には府中町教育委員会の裁量に委ねられているものである」

被控訴人(元課長)は公務員という職を失い、以後十数年の収入も断たれました。社会的制裁も受けています。町職員として31年間、まじめに仕事をし、町のために頑張ってきた。だからこそ、課長になったのだと思います。

家族を含めこれからの人生もあります。町にとっても裁判が長引くメリットは何もありません。

控訴はやむを得ないと考えますが、早期に和解し、この問題に終止符を打つべきです。

以上で討論を終わります。

 

 

 

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