2025-12-06
さよならだけが人生なのか?
〔2025年〕11月と12月のペン字(『書芸』)の課題は、寺山修司の「幸福が遠すぎたら」でした。

さよならだけが 人生ならばまた来る春は 何だろうはるかなはるかな 地の果てに咲いている 野の百合 何だろうさよならだけが 人生ならばめぐり会う日は 何だろうやさしいやさしい 夕焼とふたりの愛は 何だろうさよならだけが 人生ならば建てた我が家 なんだろうさみしいさみしい 平原にともす灯りは 何だろうさよならだけが 人生ならば人生なんか いりません
唐の詩人・于武陵(于鄴)が詠んだ五言絶句、「勧酒」(酒を勧む)。
それを井伏鱒二がつぎのように翻案しました。
コノサカヅキヲ受ケテクレドウゾナミナミツガシテオクレハナニアラシノタトヘモアルゾ「サヨナラ」ダケガ人生ダ
この井伏の詩に、寺山は「異議を唱え」ました。
「さよならだけが 人生ならば/人生なんか いりません」。
確かにさよなら「だけ」では寂しすぎますよね。
井伏の「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 《サヨナラ》ダケガ人生ダ」は、妙に潔く、非常にきっぱりとした感じがします。
寺山はそこが気に入らなかったのではないか。
しかし、「《サヨナラ》ダケガ人生ダ」誕生秘話は結構湿っぽいのです。
その後十年ちかくたって、私は林芙美子さんにすすめられて尾道へ行き、やはり林さんにすすめられて一緒に三ノ庄に行った。私の泊っていたうちの後とり息子が亡くなったので、展墓の意味もあった。岡の上のお墓に花を供え線香に火をつけていると、 麓の寺で釣鐘を撞く音がした。岬の突端で汽笛を鳴らす音も聞えて来た。やがて島に左様ならして帰るとき、林さんを見送る人や私を見送る人が十人たらず岸壁に来て、 その人たちは船が出発の汽笛を鳴らすと「左様なら左様なら」と手を振った。
林さんも頻りに手を振っていたが、いきなり船室に駆けこんで、「人生は左様ならだけね」と云うと同時に泣き伏した。そのせりふと云い挙動と云い、見ていて照れくさくなって来た。何とも嫌だと思った。しかし後になって私は于武陵の「勧酒」という漢詩を訳す際、「人生足別離」を「サヨナラダケガ人生ダ」と和訳した。無論、林さんのせりふを意識していたわけである。(井伏鱒二「因島半歳記」『広島風土記』中公文庫、50ページ)

井伏が「だけ」と言い切った「裏側」を寺山は詩にしたのでしょう。
別れがあれば出会いもある。
この二つの詩、どこか響き合っているような気がします。
僕は井伏の「酒を勧む」も、寺山の「幸福が遠すぎたら」も好きです。
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