「町」は田舎で「市」は都会?
市は都市的なイメージ?
市になる理由として「都市的イメージの獲得」「ブランド力」がつくからだと特別委員会で配布された資料に書かれています。
市制施行については、当町の②都市的な実態に合ったイメージやブランド力を構築・発信でき、対外的なアピールにつながるなどの効果が期待できます。(町作成資料)
私が「都市的な実態に合ったイメージやブランド力」とはいったいどのようなものなのでしょうか」と尋ねると、「町は田舎で市は都市、都会」だという答弁です。「市は都会の代名詞なのか?」
専業農家ゼロの府中町は確かに都市だといえるでしょう。しかし、名称が「町」から「市」になると、それだけで都市だと思ってもらえるのかは別問題ですし、町から市になったことで「ブランド力」がつくというのも理解しがたいことです。

参考資料13ページに「過去に市制を施行した自治体の事例」が挙げられています。
「この事例は府中町が市制に移行する参考になるということで紹介していると思いますが」と前置きして、「都市的イメージの向上として『商業施設や医療機関が立地し、便利になった』とありますが、参考資料11頁に、「広島都市圏で支持率が5年連続で2位になるなど、都市圏の商業拠点」となっており、「医療、福祉、教育、商業などの都市的サービス業も集積」している、と述べられているとおりで、これ以上「商業施設や医療機関が立地し、便利」にすることが必要だというのでしょうか。府中町には参考にならないのではないですか」と質問しました。
すると町長は「あくまで他市の事例であって府中町が市になったときにどうなるということではない」と回答したのです。これにも驚きました。
こういう事例は、当町が町から市になるにあたって、参考になる点を挙げるべきです。
よそはよくなったと言っている。しかし、それは当てはまらないというのでは事例を紹介する意味がありません。
私は、以下の質問も準備していたのですが、ただよそがこういう風に言っているということの紹介ならば論議する意味がないので以下の質問は割愛しました。
企業から「営業活動時にイメージが良くなった」などの声があったとも書かれていますが、府中町は町であるがゆえにイメージが悪い、そうお考えですか。
【認知度・知名度の向上】についてですが、「市になることにより、情報発信、シティプロモーション機能が強化された」とありますが、市と町では情報発信、シティプロモーション機能に差があるということでしょうか。その理由は何ですか。
【他都市との連携強化】についてですが、「他の「市」と連携が強くなり、情報収集力が強化され、施策立案がスピーディーになった」とありますが、なぜ市になると他の市との連携が強まるのですが。町だと市が相手にしてくれないということですか。なぜ市になると情報収集力が強化され、施策立案がスピーディーになるのですか。町では情報収集力が弱く、施策立案が遅いのはなぜでしょうか。その根拠を教えて下さい。
【都市機能の強化】についてですが、「新たな産業や施設の誘致、企業立地が加速された」とありますが、府中町で「新たな産業や施設の誘致」が必要なんでしょうか。誘致する場合、どこに誘致するのでしょうか。
町が示した「過去に市制を施行した自治体の事例」は、府中町には当てはまらない、役に立たないものばかりだと考えます。
一般論として、他自治体の事例を紹介するのではなく、府中町が市になるにあたって役に立つ、参考になる事例でなければならないでしょう。
府中町の発展に生かすことのできる事例、教訓を紹介すべきです。
「市」はブランド?
市になることが 「都市としてのブランド力強化が最大のメリット」だと町長は言います。しかし、本当にそうでしょうか。
全国1741市区町村の半分近くが市(792)で、町が743です。どちらも普通なんですね。
当町がもし市になった場合、現在792ある市に1つ加わって793になるだけです。新しい市は793あるうちの1つでしかありません。
私は神奈川県の伊勢原市出身で、キャッチコピーは「暮らしやすさ実感都市」。どこかの町と似ています。
人口10万人の市ですが、広島では、残念ながらほとんどの人が知らない。
一方、箱根町、大磯町、葉山町などは知名度が高いと思います。箱根は温泉があり、観光地があり、駅伝がある。大磯はロングビーチがある。葉山は御用邸がある。
わがふるさとの名誉のためにつけ加えますが、伊勢原市も大山という美しい稜線をもつ山があり丹沢大山国定公園に指定されています。大山参りという落語もある。北条政子が参詣したことでも知られている日向薬師もある。
そんな伊勢原市でも、その名は広島県まで届かないのです。
(伊勢原市内のたんぼから大山を望む)
ですから、「市だから」「市になったから」といって、町から市になれば「ブランド力」がつくようになるという魔法の力はありません。
「都市的なイメージ」というのも私には理解できない。
わがふるさと、人口10万人の伊勢原市は、「近郊農業」のまちです。米、野菜、果物。牛もニワトリもいます。山もある。
周囲にある厚木市(人口22万人)や秦野市(人口16万人)、平塚市(25万人)はいずれも伊勢原市より人口が多いですが、それぞれの市のなかに農村的風景が広く残されています。
全国でも、広島県内でも、そういう「市」が多いと思います。
「市」イコール「都市的なイメージ」とは必ずしもならない。

参考資料12頁には、《「郡」や「町」のイメージ》として「「郡」と付くことで、県外の人に中山間部の町と思われがち」「来てみると予想以上に都会で驚いた」というアンケートの回答を紹介して、「『町』は中山間地域、『市』は都市地域であり、当町の場合、実態である『都市機能を備えた街』と『町』ではイメージが合っていない」と述べています。
「来てみて驚かれた」なら結構なんじゃないでしょうか。
市になったら驚かなくなるわけでしょう。普通で。
いま、わがふるさとの周辺都市の実際について紹介しましたとおり、多くの市の実際は都市機能と農村的機能をあわせもっているわけです。都市機能しか持たないのは東京ほか大都市の中心部だけです。
広島県内の中山間地域(全域過疎市町)ですが、府中市、三次市、庄原市、安芸高田市、江田島市と市が5つ。
町は、安芸太田町、北広島町、大崎上島町、世羅町、神石高原町で、市も町も5つずつです。
「『町』は中山間地域、『市』は都市地域」というのは事実に基づかないイメージでしかありません。
「町は田舎で、市は都会」?
私は、市という名称から都会をイメージすることはありません。
市町村の45%は市なのです。いたって普通。
町から市になったらブランド力がついて「人や物、情報をしっかり呼び寄せることができる」(町長)というのは全くの幻想にすぎません。
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1971年、私が小学校2年生のとき、伊勢原は町から市になりました。そのときの人口は45,103人です。パレードが小学校の前を通り、私たちは旗を振ってパレードを迎えました。
その後30歳近くまで伊勢原市で過ごしましたが、「市」であることについて特段考えたことはありません。
周囲には厚木市、平塚市、秦野市があり、市であることが当たり前でしかなかったのです。












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