介護保険と老いの住まい

2022年12月議会 一般質問

 

「介護保険と老いの住まい」について質問いたします。

1.介護保険施行から22年

 2000年に介護保険が始まったとき、大きな期待が寄せられていたと思います。

「老後の不安がなくなって、この家で元気に生きていかれそう」

「これで、もし介護になっても、嫁さんに気がねしなくてもいいですね。私の存在が誰かの束縛になるのは、耐えられませんもの」

「あの辛さだけは、家族に味わわされませんよ。だから、介護保険の『自立支援』のスローガンに心を揺さぶられたんです。誰でもが使える制度にしていこうって」

「介護保険が始まった時、目の前の幕がパッとあいたような感じでしたね。介護の夜が明けたって、明るい希望がありました。あの頃、家族介護や老老介護の大変さを、さんざん見てきました。家族だから、嫁だからといわれて、介護する人もされる人も悲惨でした。どこの家にも年寄りがいる、でも長生きが喜べない、苦労の種だ、という話がたくさんありましたよ」*1)

これまで家族に頼ってきた介護を社会全体で支える「介護の社会化」に転換し、家族を介護地獄から解放する。介護保険が始まって20年以上経ちますが、現実はこの理想からはほど遠い。

介護保険法はこれまで6回改定され、介護保険制度・介護報酬改定は3年ごとに見直し・改定されてきました。そのたびに利用者負担は増え、使えるサービスは減っています。

次の改定は2024年ですが、厚労省は、サービス利用料の2割負担と3割負担の対象拡大、要介護1,2の訪問・通所介護の保険外し、ケアプラン作成の有料化、介護老人保健施設(老健)の多床室(相部屋)室料有料化などを検討事項として掲げ、「第9期介護保険事業計画期間」に実施することを狙っています*2)

これらの検討事項が現実のものとなれば、使えるサービスはさらに限定され、保険料も利用料も増えていくことになるでしょう。

介護サービスは、介護給付と予防給付に大別され、介護給付のなかに、居宅サービス、地域密着型サービス、施設サービスがあります。それぞれ、さまざまな問題を抱えていますが、今回は施設サービスを中心に、高齢者の住まいについて伺いたいと思います。

*1)沖藤典子『介護保険は老いを守るか』岩波新書、2010年、3~5頁。
*2)厚労省・社会保障審議会介護保険部会(第103回)「給付と負担について」2022年11月28日

2.高齢者と居住福祉

 厚労省の資料によりますと、高齢者の入居する施設には、介護保険の使える、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護療養型医療施設と、介護サービスは別立ての「サービス付き高齢者向け住宅」「有料老人ホーム」「養護老人ホーム」「軽費老人ホーム」「認知症高齢者グループホーム」があります。

自宅を含めて、9つの「選択肢」があるわけです。

2-1 介護保険3施設

2-1-1 介護老人福祉施設

介護保険が利用できる3施設ですが、まず、介護老人福祉施設についてです。

一般的には特別養護老人ホーム(特養)と呼びますが、介護が必要な高齢者のための生活施設です。特養は他の入所系サービスに比べて費用負担が軽く、希望者が多い。2019年度の調査で、特養の待機者は全国で29万2千人、広島県は9,388人です*3)

2014年、介護保険法改定で入居基準を要介護3以上に限定しました。それでもこれだけの待機者がいる。要介護1,2の高齢者の多くが門前払い。やむを得ない事情によって特養以外での生活が著しく困難な場合に限って「特例入居」の対象となっていますが、そういう高齢者も3万4千人が待機している状態です。

府中町内に特養は、定員30人以上で居住地域に制限がない「広域型」が「特別養護老人ホームチェリーゴード」(定員84人)、「特別養護老人ホーム府中福寿苑」(定員48人)の2施設、定員29名以下で府中町の住民であることが利用条件となっている「地域密着型」が、「特別養護老人ホーム府中みどり園」(定員29人)、「地域密着型特別養護老人ホームチェリーゴード」(定員29人)の2施設。定員の合計は190人です。

*3)厚労省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況」2019年12月25日。

2-1-2 介護老人保健施設

次に、介護老人保健施設(老健)ですが、介護を必要とする高齢者にリハビリ等を提供し、在宅復帰をめざす施設*4)で、在所期間は原則として3ヶ月とされています。しかし、実際の平均在所期間は1年ほどです*5)。12.0%は在所中に死亡。36.6%は医療機関へ、12.0%は特養など他の施設へ行き、居宅に戻るのは全体の3分の1(33.1%)に過ぎません。

一人暮らし、要介護度が高い、認知症があって日常生活自立度が重度の人、普通の食事(常食)が取れないといった「退所見込みのない入居者」もいます*6)。また、居宅復帰を続けることも容易ではなく、再び老健に入所したり医療機関に入院する人も少なくありません。「在宅復帰をめざす」とは言うものの、実際には復帰できない高齢者を抱えざるをえないという状況です。
府中町内に介護老人保健施設は、「チェリーゴード」(定員72人)1施設です。

*4)「介護老人保健施設は、施設サービス計画に基づいて、看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことにより、入所者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにすることとともに、その者の居宅における生活への復帰を目指すものでなければならない」介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準第1条の2。
*5)2010年329日、2013年311日、2016年299日。厚労省「介護サービス施設・事業所調査」。第183回「社保審-介護給付費分科会 資料1」2020年8月27日。
*6)厚労省「介護老人保健施設の在宅復帰支援に関する調査研究事業(結果概要)」2013年。

2-1-3 介護療養型医療施設

介護療養型医療施設は、医療の必要な要介護高齢者の長期療養施設です。施設サービスのなかで最も充実した医療的ケアと介護を受けることができ、退所を迫られることもありません。

しかし、厚労省は2006年に介護療養型医療施設の廃止を決めました。入院患者は、がん末期で食事ができない、点滴などの医療行為を常時必要とする重度の方が当然多い。「医療」と「介護」両方を必要とする高齢者が増えていくのになぜ廃止してしまったのか、納得のいく説明はありません。手厚い医療と介護にはお金がかかり、それを減らしたいというのが本音でしょう*7)

当初、2011年度までに介護療養型医療施設を廃止する予定でした。しかし、老健などへの転換が思うように進まず、期限を2度延長し、2023年度末には完全廃止、ゼロにする計画です。

府中町に、介護療養型医療施設はありません。

*7)日本介護医療院協会会長で鶴巻温泉病院院長の鈴木龍太氏は介護療養病床(介護療養型医療施設)廃止の理由について次のように述べている。「介護療養病床を廃止する最大の目的は、国家の財政支出抑制にあるでしょう。介護療養病床の入所者1人あたりの月間費用がおよそ41万円であるのに比べて、老人保健施設のそれは31万円と、大きな差があります。仮に介護保険適用の介護型およそ12万床すべてが老人保健施設に転換した場合、単純計算で月間120億円、年間で1,440億円の財政支出が抑えられることになります。2025年には介護保険支出が20兆円に達するといわれる中、介護報酬体系のうちもっとも高額な介護療養病床の廃止が提案されたと考えられます」日本慢性期医療協会ホームページ「慢性期.com」2018年11月21日。

2-2 高齢者向け住まい・施設

 介護保険が直接対象にしない高齢者向けの住まい・施設についても触れておきたいと思います。

2-2-1 養護老人ホーム

まず、養護老人ホームですが、65歳以上で生活環境および経済的理由により「養護」を受けることが困難な人のための施設です。特別養護老人ホームとは違い、介護は提供されません。入居者の社会復帰をめざす施設で、長期間の入所はできず、「終の棲家」とはなりません。

ホームレスや一人暮らしの高齢者が年々増えているにもかかわらず、全国的に施設数も定員も少なく、入所要件を満たしていても入所できないという問題があります。

町内の養護老人ホームは「チェリーゴード」(定員50人)1施設です。

2-2-2 軽費老人ホーム

つぎに軽費老人ホームですが、60歳以上で身寄りがない、あるいは家族からの援助が困難で、自立した生活が不安な人が利用できる施設です。食事つきのA型、食事なしのB型、食事・介護付きのC型(ケアハウス)があります。月額利用料は、A型6〜17万円程度(利用者の収入によって異なる)、B型3〜4万円程度、C型9万円~17万円程度(利用者の収入によって異なる)が相場のようです。

ケアハウスは、有料老人ホームに比べて利用料が安いのが特徴ですが、入居一時金があり、その額は全国平均で37.4万円となっています。

「軽費」とはいっても5万円程度の国民年金だけでは入居できず、厚生年金の平均受給額(2020年3月末現在)、14万6162円でも月額利用料が賄えるかどうかというのが現実です。

また、外部の介護保険サービスが利用できますが、一部例外を除き介護度が重くなったら退去しなければなりません。

全国で、軽費老人ホームA型は190施設、B型が13施設、C型(ケアハウス)が2,035施設です。2008年からA型・B型の新設は認められなくなり、廃止あるいはC型(ケアハウス)への転換が求められます。A型、B型はこれから消滅に向かい、ケアハウスはこの5年間でほとんど増えていないというのが現状です。

町内の軽費老人ホームは「チェリーゴード」(定員30人)1施設です。

2-2-3 有料老人ホーム

第3に、有料老人ホームですが、高齢者のための住居で、 ①入浴、排せつ又は食事の介護、②食事の提供、③洗濯、掃除等の家事、④健康管理、のいずれかをする事業を行う施設で、一般的に65歳以上の高齢者が入居できます。

費用は老人ホームごとに違いますが、インターネットで検索したところ、相場として出ていたものを紹介しますと、

介護付き有料老人ホーム

入居一時金0円、保証金50万円、月額利用料(30日)家賃11万5000円、食費6万4800円、水道光熱費1万7486円、管理費5万6831円、合計25万4117円。これに介護度に応じた介護サービス費が必要です。

住宅型有料老人ホーム 

入居時費用6.5万円、月額利用料(30日)、家賃3万3000円、食費4万5000円、水道光熱費なし、管理費2万円、合計9万8000円。これに介護度に応じた介護サービス費が必要です。

健康型有料老人ホーム

健康型有料老人ホームについては入居一時金0円~数千万円、月額料金10万円~40万円となっています。

有料老人ホームは、介護が必要な場合には介護保険を使うわけですが、それ以外の部分は一般住居と同じように私費で賄う、いわゆる「自助」の施設です。
 町内の有料老人ホームは、住宅型が「アヴィラージュ広島府中」(定員41人)、介護付きが「チェリーゴード」(定員48人)とそれぞれ1施設です。

2-2-4 サービス付き高齢者向け住宅

第4にサービス付き高齢者向け住宅(「サ高住」)ですが、「自宅とほぼ代わりない自由度の高い暮らしを送りながら、スタッフによる安否確認と、生活相談のサービスを受けることができる」賃貸住宅です。

「サ高住」は2011年に「高齢者の居住の安全確保に関する法律」(高齢者住まい法)改正によりつくられました。

バリアフリー構造等を有し、介護・医療と連携して、高齢者を支援するサービスを提供する「サービス付き高齢者向け住宅」として登録される住宅の整備事業を公募し、予算の範囲内において、国が事業の実施に要する費用の一部を補助し支援するものですが、特養などと違い、入居者に対する支援はありません。

国や自治体ではなく、民間事業者に高齢者住宅をつくらせ*8)、入居に必要な費用は本人と家族に負担させる。老後の住まいは「公助」でなく「自助」で、ということなのでしょう。

「サ高住」の費用相場は、入居一時金が平均値で23万3千円、中央値が10万5千円、月額利用料が平均値で16万円、中央値で14万7千円です。厚生年金の受給額は男性で15~20万円未満の人が41.5%で最も多く、女性は10~15万円未満の人が41.8%で最も多い*9)。厚生年金だけでは月額利用料すら払えないでしょう。

この「サ高住」は2011年から登録が始まりましたが、今年10月時点での登録戸数250,352戸、利用者数は234,971人です。政府の後押しを受け、急速にその数を増やしています。

町内のサービス付き高齢者向け住宅は「カープヒルズ広島府中」(定員48人)、「府中福寿苑」(定員10人)の2施設です。 

*8)事業者はサ高住を新たなビジネス・チャンスと捉えており、日本総研調査部の飛田英子氏は「サ高住は、住宅市場の先細りが懸念されるなかで今後の有力なビジネス・チャンスとして、営利・非営利を問わず事業者からも期待が寄せられている」と指摘している。(JRIレビュー」2015年Vol.3No.22)
*9)厚生労働省年金局「令和2年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」

 

2-2-5 認知症高齢者グループホーム

第5に認知症高齢者グループホームですが、認知症高齢者のための共同生活施設です。65歳以上の高齢者で、医師から認知症の診断書が発行され、かつ要支援2および要介護1~5の認定を受けている人が入居できます。

入居一時金が10~20万円程度、住居費(賃料)、管理費共益費、食費、光熱費などの日常生活費が10~15万円程度、それに介護度に応じた介護サービス費が必要です。グループホームも決して安くありません。

町内のグループホームは、「グループホームふれあい大須」(定員27人)、「グループホームチェリーゴード」(定員18人)、「グループホームふれあい青崎東」(定員18人)「グループホーム府中みどり園」(定員18人)の4施設となっています。

以上が高齢者の入居できる施設のあらましです。

3.入居施設に入れるのか

施設入居が必要になった場合、その目的と入居条件にあった施設があるのか、入れるのかが心配なところです。

3-1 「超高齢化社会」

日本は、2010年に65歳以上の割合が人口の23%を超え、「超高齢化社会」に入ったと言われています*10)

 

65歳以上人口は、全国では2015年、26.6% (3,387万人)で、府中町は、23.1%(11,818人)でした。それが2040年には全国35.3% (3,921万人)、府中町は29.8% (14,888人)となる*11)

全国的には17%(534万人)増え、府中町は26%(約3,000人)増えるという推計です。府中町は2015年の段階でも2040年の推計でも高齢者比率は全国に比べて低い。

しかし、伸び率は高く、それだけ、府中町の高齢者の状況は、変化が激しいということです。

また、全国的な傾向ですが、高齢者人口のなかでも、より年齢が高い層が増えてゆきます。2015年と2040年の比較で、70歳以上が25%増え、75歳以上が37%増え、80歳以上が58%増える。

年齢が上がるにつれて介護が必要な人の割合が高くなります。65歳以上の要介護認定率は18.6%ですが75歳以上は32.1%、85歳以上は60.6%です*12)

*10)一般に、全人口に占める「高齢者人口」(65歳以上)の占める割合(高齢化率)が7%を超えた社会のことを「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21 %を超えた社会を「超高齢社会」と呼ぶ。1956年の国連の報告書において、65歳以上を高齢者と位置づけ、当時の欧米先進国の水準を基にしながら、7 %以上を「高齢化した(aged)」人口と呼んだことが始まりといわれている。「高齢社会」「超高齢化社会」という区分は、「高齢化社会」の基準である7%を2倍、3倍にしたものであり、質的な区分・段階を示すものではない。
 日本においては、1970年に「高齢化社会」(高齢化率7.1 %)となり、1995年に「高齢社会」(高齢化率14.6 %)、2010年に「超高齢化社会」(高齢化率23 %)となった。
*11)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(全国)」(2017年)、「府中町人口ビジョン(2021年改訂版)」
*12)厚労省・森岡信人「高齢者向け住まいの今後の方向性と紹介事業者の割合」(2020年10月26日)3頁。

3-2 認知症の増加

認知症を患う高齢者も増えます。認知症は特定の病名ではなく、何らかの病気や障害によって脳の働きが悪くなり、もの忘れや日常生活や仕事に支障をきたすようになった状態のことをいいます。
 認知症になると、

 ・感情のコントロールがしづらくなり怒りや衝動を抑えられない。

 ・やる気がおきず、当たり前に行っていた習慣すら面倒くさくなる。

 ・できないことが増え自信を失い、気分が落ち込み、うつ状態になる。

 ・お金への執着が強くなり、家族が財産を狙っているといった妄想が生じる。

 ・今いる場所がわからなくなる不安などから、外出して目的なく徘徊する。

 ・周囲の人に見えていないものが見えたり、聞こえない音が聞こえる。

といった症状が出ます。

2014年、NHKスペシャル「〝認知症800万人〟時代 行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~」が放映され、大きな反響を呼びました*13)。町内でも時々、行方不明者の捜索を呼びかける防災行政無線があります。放映時には認知症によって行方不明者になった人が1万人、そのうち、死亡が確認された人が351人、行方不明のまま発見されない人が208人でした。

2021年現在、認知症による行方不明者は17,636人、行方不明者全体の2割以上となっています。過去5年間、死亡で発見された認知症不明者は500人前後です*14)

介護する者にとって介護そのものが負担ですが、特に認知症の介護の場合は精神的負担が大きく、介護者がうつをはじめとする精神疾患にかかりやすい傾向があると言われています。

現在600万人と言われている65歳以上の認知症患者は、2025年には約700万人、2040年には約950万人になるだろうと推計されています*15)

*13)NHK取材班『認知症・行方不明者 1万人の衝撃』幻冬舎、2015年。

*14)警察庁「令和3 年における行方不明者の状況」
*15)内閣府『平成29年版 高齢社会白書』21頁。二宮利治「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」厚生労働科学研究事業、2015年3月。

 

3-3 増える「虐待」 

家族、親族、同居人などによる高齢者虐待の相談・通報件数と虐待判明件数についての厚労省調査があります。

相談・通報件数では、2010年が25,315件でしたが、2020年には35,774件と1万件増えています。そのうち、虐待だと判明した件数は2010年が16,668件でしたが2020年には17,281件と約600件、若干の増加です*16)

広島県はどうかといいますと、相談・通報件数では、2010年が729件でしたが2019年は845件、2020年はちょっと下がって789件です。虐待だと判明した件数は2010年が436件でしたが2019年は429件、2020年は371件です。

2020年の、県内の「虐待を受けた人」(378人)の状況ですが、女性が75%、75歳以上が全体の76%、要介護認定を受けている人が61%で、そのうちの94%(264人)が認知症でした*17)

*16)厚生労働省「令和2年度『高齢者の虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」。

*17)広島県健康福祉局地域福祉課「令和2年度高齢者虐待の状況について」。

3-4 なくならない「介護殺人」

介護者が被介護者を殺害・心中する「介護殺人」が日本各地で後を絶ちません。警察庁が統計を取り始めた2007年は、31件で、最新の2021年は37件。15年間の累計は645件であり、年平均43件になります*18)

介護殺人の事例を今年の新聞記事から紹介します。

夫(80)が妻(81)を刺殺
 妻は平成26(2014)年に目の手術を受けて左目を失明してから精神的に不安定になり、体の痛みも訴え、事件の約1週間前から痛みが悪化。夫は妻の介護に耐えられず心中しようと思い、令和3(2021)年5月18日夜、路上に止めた乗用車内で首や腹などを包丁で複数回刺し殺害した*19)

息子(54)が母(87)を刺殺
 盲腸がんを患った母親は平成30(2018)年冬ごろから体調が悪化、足腰が弱り起きられなくなった。介護していた息子は母親に頼まれ、令和3(2021)年1月28日、胸をはさみで刺して殺害*20)

息子(59)が母(92)を絞殺
令和4(2022)年8月28日母の首をひものようなもので絞めて殺害。母親は約8年前から脳梗塞などで介護が必要な状態になり、令和元(2019)年ごろには寝たきりになっていたという。容疑者(息子)と2人暮らしで、容疑者が介護していた。「経済的に苦しく、衰弱していく母を見るのがつらかった」と容疑を認めている。容疑者は、事件後に自室で大量の睡眠薬を服用して自殺を図ったが、翌日、訪問診療に訪れた医師によって意識不明の状態で発見された。*21)

夫(81)が妻(85)を絞殺
自宅で長年介護してきた85歳の妻を同意の上で殺害。寝たきり状態の妻から再三「殺して」と懇願された末、手にかけた。妻が転倒して気を失った際に殺害を決意。2枚のタオルで首を絞め、「失敗したらもっと悲惨になる」と考えて15分間以上は力を入れ続け、窒息死させたという。
 妻は2012年に要介護1と認定され、被告や娘、ヘルパーの支援を受けていた。22年5月、昼食中に嘔吐して意識を失い、救急搬送されて入院。病院で「自宅で死にたい」「かなわないなら窓から飛び降りて死ぬ」と訴え、6月に退院したが、寝たきり状態で要介護5となっていた。妻は全身に痛みがあり、退院の2週間後には「首を絞めて殺して」と何度も口にするように。被告は当初は困惑気味だったが、次第に「切実な思いを感じ手伝ってあげようと思った」という*22)

夫(81)が妻(79)を海に突き落とす
 港の岸壁で、歩けない妻を車いすごと海に突き落とした。
 「約40年間にわたって介護してきた妻の体が不自由になっていき、ふびんになった」と供述。脳梗塞を患い歩けなくなった妻と夫は2人暮らしだった。「介護に疲れた」と供述。最近、妻の体調が悪化し「施設に入所させるのはかわいそうだった」とも説明した。長年の介護で思い詰めていたとみられる*23)

 最後に令和元(2019)年に起きた、1人の高齢者が3人の高齢者を世話する「老老老・老介護」のすえに殺人に至った事件を紹介します。

妻(72)が夫(70)、義母(95)、義父(93)を絞殺
 被告は義父母を殺害する際、「ごめんなさい、私もすぐいく」と告げてタオルで首を絞めた。夫には「一緒に死のう」と言って同じように首を絞めた。夫を殺害した動機は、被告が先に死ねば、夫の介助の負担は子どもたちが負うのを気にかけたからだ。親族らに謝罪のメモを残し、自殺を図ったが、死にきれなかった。
 被告は3人を殺害後、遺体に「成仏してほしい」と数珠や浴衣を身につけさせた。その後、包丁を手に取り、睡眠薬で痛みを和らげながら、自分の腹や足を刺したという*24)

このように、なんとも痛ましい事件が毎年何十件も起きています。どれ一つとっても家族に介護の負担がなければ起きなかったはずです。
また、これらの凄惨な事件の背後にはその何倍、何十倍という「介護殺人予備軍」ともいうべき家族がいる。介護に疲れ、心を病みながらもギリギリのところで踏みとどまっているのだと思います。

介護殺人のない国にしなければなりません。

 

*18)警察庁「犯罪統計書」各年度版より筆者作成。「罪種別 主たる被疑者の犯行の動機・原因別検挙件数(総数表)」にある「介護・看病疲れ」の凶悪犯(殺人・自殺関与・放火・殺人予備など)の検挙件数。被疑者・被害者は高齢者に限定されない。しかし、介護・看病疲れという動機・原因による殺人の被疑者は、高齢者がそれ以外の5.8倍(2012年)となっており、ほとんどが高齢者だと思われる(佐々木真郎「高齢者犯罪の実態」『警察政策研究』第18号、2014年)
*19)「産経新聞」2022年1月20日付。
*20)同上2022年4月14日付。
*21)同上、2022年9月8日付。
*22)「日本経済新聞」2022年11月3日付。
*23)「共同通信」2022年11月22日付。
*24)「朝日新聞」2021年1月6日付。

 

3-5 進む貧困化

その人に適した施設が仮にあったとしも、ではそこに入居できるのか。入居一時金や利用料を負担する能力があるのか、という問題もあります。

国税庁「民間給与実態統計調査」によりますと、世帯主が65歳以上の世帯で、貯蓄現在高が2,500万円以上の世帯が約3分の1(33.3%)を占めています。この人たちは、「老後に2,000万円必要」という水準をクリアしている*25)

その一方で貯蓄残高500万円未満が21.2%、うち300万円未満14.8%です。持っている人は持っているが、ない人はない。貯蓄ゼロ世帯は60代で19.0%、50代で23.2%、40代で24.8%と若い世代になるほど増えています*26)

ある程度の額の年金と貯蓄がなければ施設への入居は難しい。  2021年給与所得者の平均年収は443万円で、正社員が508万円、正社員以外が198万円、男性が545万円、女性302万円です。賃金と厚生年金は連動していますので、賃金が少なければ厚生年金も少ない。貯蓄をする余裕もないということになります。

年収200万以下のワーキングプア(働く貧困層)は21.4% 300万円以下が36.2%で、この構成比は5年間ほとんど変わっていません*27)

未婚率も上昇しています。

1985年までは50歳の時の未婚率は男女とも4%前後だったのですが1990年頃から急速に増えています。

ここ5年間でも、50歳時の未婚率は2015年、男性23.4%、女性14.1 %だったのが2020年には、男性28.3%、女性17.8%と、それぞれ4.9ポイント、3.7ポイントと伸びています。2040年の推計では結婚しない人が男性の約3割(29.5%)、女性の約2割(18.7%)になるだろうと推計しています*28)

結婚するしないは各々の選択であり、本人の自由ですが、家族による介護、「自助・共助」を前提とする介護保険の現在のあり方の基盤は急速に崩れていくことになるでしょう。

*25)、金融庁は、男性65歳以上、女性60歳以上の夫婦のみの無職世帯では、公的年金を中心とした収入は月約21万円、支出は月約26万円、不足資金は月5.5万円になると試算。その後30年人生が続くとすると、約2,000万円の資金が不足するとした。「金融審議会『市場ワーキング・グループ報告」2019年6月3日。
*26)金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](2021年)」

*27)国税庁「民間給与実態統計調査」(2021年)。
*28)国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2018年推計)

 

3-6 介護事業者の危機

3-6-1 介護事業者の倒産

介護を提供する事業者はどうでしょうか。

今年に入って介護事業者の倒産が急増しています。企業の信用調査を手がける「東京商工リサーチ」は次のように事態を伝えました。

「2022年1-9月(負債1,000万円以上)の「老人福祉・介護事業」倒産は100件(前年同期51件)で、前年同期の2倍に急増した。2000年以降、1-9月累計が100件に達したのは初めて。現在の状況が続くと、2022年の倒産は2020年の118件を抜き、年間最多の更新が現実味を帯びている」*29)

訪問介護は、ヘルパー不足や新型コロナ感染拡大期の利用控えが影響し、有料老人ホームは、投資と収益のバランスが崩れ、コロナ禍の業績回復の遅れが響いている、といいます。

介護報酬は基本的に出来高払いですので、利用減少が事業所経営に直結します。公的な介護を民間事業者で実施することの脆さが今回、倒産の急増という形であらわれているのです。

3-6-2 介護士など人材不足

介護士などの人材不足も深刻です。

そもそもなり手がいない、採用しても辞めてしまう。その最大の理由は処遇の悪さです。介護職員の平均月収は約21万円で、全産業の平均月収である約30万円を大きく下回っています。年収200万円以下という低水準で働いている介護福祉士もおり、生活していくのが難しい。介護は過酷な仕事であり、さまざまな人間関係のトラブルもある。しかし待遇は悪い。

こういうことですから、若い人が介護職につかない。また、職員の高齢化が年々進み、2020年には全体の23.8%が60歳を超えています*30)

介護を必要とする高齢者が今後急速に増えてゆきますので介護士も増やさなければなりません。現在(2019年度)、介護士は約211万人ですが、2025年度には243万人が必要となり、2040年度には280万人が必要となると試算しています。25年度までに22万人、40年度までに69万人が必要です*31)

引退する人もいますので、さらに多くの人が介護職に就かないと、人手不足で介護が受けられないことになります。

厚労省は「➀介護職員の処遇改善、➁多様な人材の確保・育成、➂離職防止・定着促進・生産性向上、➃介護職の魅力向上、➄外国人材の受入環境整備など総合的な介護人材確保対策に取り組む」と言っていますが、処遇改善は遅遅として進みません。

円安が進み、日本で働くメリットも減りますので、外国人材も思うように集まらないでしょう。政府には、ぜひ本腰を入れて、介護職員の処遇改善に取り組んでいただきたいと思います。

以上のように、高齢者が必要な介護を受け、必要とする施設に入ることは、今後ますます難しくなってゆくと思われます。そんななかでも、必要とされている方が施設に入れる状況をつくることが必要です。

そこで伺います。

①介護施設、高齢者の入居施設は現時点で充足しているのでしょうか。

福祉保健部長 高齢者の居住関連サービスは、介護保険サービスの施設と介護保険サービス以外の高齢者向けの住まいに分類されます。

介護保険サービスとしては、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、定員が29人以下の地域密着型介護老人福祉施設(地域密着型特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)があり、介護保険サービス以外の高齢者向けの住まいとして軽費老人ホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、環境上の理由及び経済的理由により在宅生活が困難な状態にある高齢者が町の措置で入所する老人福祉施設である養護老人ホームがあります。

府中町内の入居状況ですが、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)は2事業所あり、合わせて定員数132人に対し、入所者数は119人で、充足率は90.2%。

地域密着型介護老人福祉施設(地域密着型特別養護老人ホーム)は、2事業所あり、合わせて定員58人に対し、入所者数は54人で充足率は93.1%。

介護老人保健施設は、1事業所で定員72人に対し、入所者数72人で、充足率は100%。認知症対応型共同生活介護(グループホーム)は、4事業所で、合わせて定員81人に対し、入所者数78人で充足率は96.3%。軽費老人ホームは、1事業所で定員30人に対し、入所者数29人で、充足率は96.7%。

有料老人ホームは、2事業所で合わせて定員89人に対し、入所者数73人で充足率は82.0%。サービス付き高齢者向け住宅は、2事業所で、合わせて定員59人に対し、入所者数58人で充足率は98.3%。養護老人ホームは、1事業所で定員50に対し、入所者数48人で充足率は96%、となっております。

また、広島県の令和4年度介護老人福祉施設等入所申込者調査において、特別養護老人ホームの申込者は、33人で、そのうち、緊急度の高い在宅の申込者(待機者)は14人となっていますが、府中町内の高齢者居住関連サービス入居状況については、100%を超過している施設はない状況であり、現時点では、充足しています。

②今後、入居施設が不足する可能性が十分にあります。町としてもそうなる前に手立てを講じる必要があると考えますが、町としての見解をお聞かせください。

福祉保健部長 1点目の質問にお答えしたように、現時点では充足しており、介護サービスの基盤整備については、前期計画(第7期計画)では、2020年度に整備及び2021年10月に事業を開始した「小規模多機能型居宅介護」を1施設整備し、今期計画(第8期)においては、要介護者の在宅生活を24時間支える重要なサービスとなりうる「小規模多機能型居宅介護」又は「看護小規模多機能型居宅介護」の1施設の整備を計画しています。

これは、在宅介護実態調査において、多頻度の訪問が在宅生活の継続に寄与する傾向があり、介護職・看護職等の目が多く入る施設整備により、在宅介護者の不安軽減を図っていくものです。

また、今期計画(8期計画)における介護施設及び高齢者の入居施設等の施設の令和7年度サービス見込量は、令和4年度と比較し、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)は4人増の167人、介護老人保健施設が9人増の114人、介護医療院が5人増の27人、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)が3人増の82人、地域密着型介護老人福祉施設が0人としており、今後の高齢者の増加を予測し、各施設とも微増を見込んでいる状況です。

しかし、2025年度は、団塊の世代が75歳以上となる年でもあり、次期計画である府中町高齢者福祉計画・第9期介護保険事業計画期間中となりますので、次期計画では、さらに慎重に将来を見据えていかなければなりません。

今後は、2025年および2040年を見据えた高齢者人口や要支援・要介護認定者数推計に基づいた需要と、地域の介護保険施設等のサービス提供体制の実態把握に努め、サービス付き高齢者向け住宅等の普及状況も勘案しながら、介護離職対策も視野に入れた介護サービス基盤の新たな整備や既存施設の維持を図っていきます。

一方、現役世代の減少が顕著となる2025年以降を見据え、高齢者を支える人的基盤を確保するため介護人材の確保の取り組みの強化も必要です。

8期計画の策定時に実施した介護サービス事業実態調査においても、「介護人材の確保」については行政からの支援としての要望が多くあり、介護現場の魅力発信という視点から、府中町域介護サービス事業者連絡協議会を通じて、介護現場の魅力発信パンフレットを町内の事業所等に昨年度から配布しています。

府中町の実情に応じた介護施設、高齢者の入居施設の施設整備を進めるとともに、在宅支援サービスの充実在宅介護も含め、しっかり将来を見据えて、計画策定していきます。

*29)東京商工リサーチ「『介護事業者』の倒産が過去最多  価格転嫁が難しく、大規模な連鎖倒産も発生」2022年10月7日。「通所・短期入所介護事業」が45件(前年同期13件)、「訪問介護」が36件(同30件)、「有料老人ホーム」が10件(同2件)。

*30)公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査(2020年度)」2021年8月23日。
*31)厚労省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」2021年7月9日。

 

《2回目》

 町内の施設は、現時点では、それぞれ空きがあって入居できない状況ではない、今後については「第9期介護保険事業計画」において、2025年および2040年を見据え、必要な介護サービス基盤の新たな整備、既存施設の維持を図っていく。という答弁でした。ぜひ、よく見極めて施設を整備していただきたいと思います。

施設のなかでは、なんといっても介護老人福祉施設(特養)を増やすことが必要です。入居できる期間が決まっていたり、介護度が重くなったら退所するというのでは困ります。

先ほど紹介したなかでもう一つ、介護療養型医療施設が最期までいることのできる施設でしたが、これは来年度末には完全廃止されることになっています。

しかし、医療と介護を一体として提供する施設がいらないわけがありません。ニーズがあるわけです。厚労省は2011年に廃止したかったが、できなかった。

それで介護療養型医療施設に代わる新たな施設をつくることにしました。介護医療院です。

「今後、増加が見込まれる慢性期の医療・介護ニーズへの対応のため、日常的な医学管理が必要な重介護者の受入れや看取り・ターミナル等の機能と、生活施設としての機能を兼ね備えた」施設だと厚労省は説明しています*32)

介護医療院についても、注視していただきたいと思います。

*32)厚労省「介護療養病床・介護医療院のこれまでの経緯」

 

4.デンマークの高齢者住宅

さて、1回目の質問では、「施設に入れない」問題について伺いましたが、もう一つ、「施設に入りたくない」問題というのがあります。

『府中町高齢者福祉計画 第8期介護保険事業計画』の資料編にありますアンケートでは、介護が必要になったときの暮らし方についての問いに対して「常時何らかの介護が必要な状態になっても、家族に過度の負担をかけずに生活できるのであれば、在宅で暮らしたい」(26.4%)、「在宅(自宅や家族との同居)で、家族の介護や介護サービスを利用しながら暮らしたい」(21.3%)と回答。両方あわせて半数近く(47.7%)の人が介護が必要になっても、可能であれば自宅で暮らしたいと答えています。

他の選択肢、「介護が必要な状態になれば、施設に入りたい」(22.3%)、「常時何らかの介護が必要になった段階で、施設に入りたい」(13.5%)と答えた人たちも、思いは同じで、出来れば最期まで自宅にいたい、ということではないかと思います。
 

施設に入りますと、これまでの生活から切り離れたうえ、さまざまな自由が制限され、画一的なプログラムに沿った生活を余儀なくされる。だから施設には入りたくない。当然の思いです。一方家族にとっては介護が重く耐えがたい負担になっている。

「高齢者が、介護が必要になっても、住み慣れた地域や住まいで尊厳ある自立した生活を送ることができるよう、質の高い保健医療・福祉サービスの確保」に取り組んでいると厚労省は言いますが、現実ははほど遠いです。

福祉の進んだ国であるデンマークは「高齢者施設から高齢者住宅へ」「住まいとケアの分離」を進めてきました。日本はその後追いをしているわけですが、内容はかなり違っています。

4-1 デンマークの高齢者住宅

厚労省や国土交通省が進めようとしている高齢者の住まいは、サービス付き高齢者向け住宅です。「サービス付き」のサービスとは、安否確認と生活相談が必須で、食事の提供や清掃・洗濯などの家事援助がオプションとなっています。必須以外は施設によってはない場合もある。

入居者は、敷金、家賃、サービスについて支払い、月額利用料が平均値で16万円です。使うサービスが増えると当然利用料も高くなり、介護については介護保険の在宅サービスを受けることになります。標準的な1人あたりの面積は25㎡です。

デンマークは、1960年代から日本の特別養護老人ホームのような高齢者施設(プライエム:Plejehjem)を整備し、65歳以上高齢者人口の7%近くまで入居可能な状況にしました。

ところが1987年、「高齢者・障害者住宅法」を制定し、24時間介護の体制を整えたうえでプライエムの新規建設を禁止。公営賃貸住宅である高齢者住宅(エルダーボーリ:Ældreboliger)の建設を推し進めてきました。

それは高齢者施設の居住空間が劣悪*33)なことに加え、1979年に「高齢者政策委員会」が提唱した「介護対象から生活主体へ、社会的かかわりを」という理念と「高齢者三原則」――①これまでの生活を断ち切ることなく、継続性を持って暮らすという「継続性の維持原則」、②高齢者自身の自己決定を尊重し,周りはこれを支えるという「自己決定の尊重原則」、③高齢者が持っている資源(能力)に着目して自立を支援するという「自己資源の活用原則」――この高齢者三原則に沿って高齢者施設建設が禁止され、高齢者住宅建設が進められました。

高齢者住宅の広さは平均的に60㎡(約18坪、畳にして37畳)です。日本の「サ高住」の倍以上で、特養や老健の最低面積(10.65㎡)の6倍近い広さです*34)

松岡 洋子「デンマークの高齢者住宅とケア政策」より

「バス・トイレ、台所があり、寝室・居間は別室で、広さも設備も一般住宅と変わらない。玄関横に台所がある構造が多く、台所のガラス窓をとおして外から室内が見え、室内からは外を眺めて地域を感じることができる。高齢者住宅の多くがアクティビティ・ハウスやリハビリ室、レストラン、在宅ケアステーションから成るデイ・センターに隣接している。隣接してはいても、高齢者住宅居住者のみで利用するクローズドなものではなく、広く地域の高齢者に開放されている。在宅ケアステーションからも、広く地域に向けて24 時間の在宅介護・看護が届けられる。居住者は、ニーズに合わせて在宅ケアを利用しながら最期まで住むことができる」*35)

家賃は月額6,000クローナ(約12-13万円)が平均で、家賃の支払いが困難の高齢者には家賃補助があり、入居者の半数が利用しているそうです。収入が年金だけしかなくても、年金の15%は残るという配慮があります。

1996年に「高齢者・障害者住宅法」が改正され、介護度の高い高齢者のための住宅として介護型住宅(プライエボーリ:Plejebolig)がつくられるようになります。これは高齢者住宅にリハビリ室、フットケア室、職員の詰め所、食堂などのサービス・エリアをつけたものですが、あくまで住宅であって施設ではありません。サービス・エリアのある24時間介護付きの「高齢者住宅」なのです。

玄関のある40㎡ の広さの「住戸」に住み、住戸にはバス・トイレと簡易キッチンが付いています。トイレは二人介護を想定した7㎡の広さで、日本のバリアフリー法の基準4㎡よりかなり広い。寝室からトイレには天井走行リフトが標準装備されています。家賃は水道光熱費込みで月額6,000-7,000 クローナ(約12-15 万円)です。一般的な高齢者住宅と同様に家賃の支払いが困難な場合には家賃補助があります。これに食費、掃除・洗濯などの実費が加わります。介護・看護の費用は在宅と同様に無料です。

*33)「プライエムの27%が面積15㎡ 以下、22%がバス・トイレなし、9%が車いすでアクセスできない」。松岡洋子「デンマークの高齢者住宅とケア政策」『海外社会保障研究』2008年秋、№164、57頁。

*34)国土交通省「住生活基本計画(全国計画)」は、「健康で文化的な住生活を営む基礎として必要不可欠な住宅の面積」を「最低居住面積水準」とし、単身者のそれは25㎡である。また、「世帯人数に応じて、豊かな住生活の実現の前提として多様なライフスタイルに対応するために必要と考えられる住宅の面積」を「誘導居住面積水準」とし、単身者のそれは55㎡である。デンマークの高齢者住宅は、この基準を超えるものとなっている。
*35)前掲「デンマークの高齢者住宅とケア政策」58-59頁。

 

4-2 施設から在宅へ 

4-2-1 24時間在宅ケア

 施設をなくして、在宅介護にするためには24時間365日のサービスが必要です。在宅介護を支えるサービスは、訪問看護、ホームヘルプ、配食サービス、ショートステイ、デイセンターなど日本とあまり変わりませんが、「必要なときに、必要なだけの援助」が無料で受けられます*36)

日本の場合、「施設から在宅へ」をどうやって進めてきたのかというと、介護療養型のように施設を廃止したり、あるいは特養のようにつくるにはつくるができるだけ抑制する。住宅はサ高住のように民間業者に委ねてしまい、公的責任は投げ捨ててしまっています。

24時間介護は始まったけれども、要介護度認定や介護度別の利用制限があり、「母親が寝たきりで24時間介護が必要だが、『同居家族』がいるとの理由で限られたサービス内容になった」という記事を読みました*37)

*36)「デンマークの認知症ケア動向 Ⅰ 高齢者介護システム」18頁。「ホームヘルパーの訪問時間は、一回あたり5~15 分程度と短いが、必要に応じて日に何度も訪問するような頻度の多いケアを提供している。夜間ケアの提供も標準化しており、高齢者自身がアラームを鳴らして知らせる緊急対応にも応じてもらえるしくみである。/高齢者の排泄リズムや寝返り、移乗の時間等に応じて、柔軟で個別的なケアを提供するしくみは、自宅に暮らしながら施設介護と同様の安心と包括的なケアを実現しているということでもある。地域の中で働く訪問介護・看護職は、施設の中で居室と居室を行き交う職員と同様の役割を果たし、1つの施設が地域という単位に替わり、施設にある居室は、一人ひとりが住む自宅に置き替えられたというイメージで受け止めることができる」(同)
*37)「赤旗」2009年12月3日付。

 

4-2-2 「早めの引っ越しを!」

住みなれた地域で、自宅で、自分らしく最後まで生きることは多くの人の願いです。しかしながら、現在の多くの住宅は、介護を必要とする高齢者が住むことを前提につくられていません。バリアフリーではなく、バリアだらけです。風呂、トイレに階段、エレベーターのない集合住宅、自動車がないと買物も大変な坂の上の家……。

デンマークでは、「『できるだけ長く自宅で』にこだわりすぎたがために、自宅内での虚弱化を招き、その結果として施設への入所を余儀なくされたり、入所があまりにも遅れるという弊害が生まれた」*38)といいます。

「遅すぎる施設への居住移行は『仕方なく行う』入所であり、選択肢は少なくなり、『自己決定』の原則に反する。また、施設入所によるリロケーションギャップ――住み慣れた場所からなじみのない場所に転居することによってストレスがかかること――、『生活の継続性』との断絶を余儀ないものとする。そして、高齢期になればなるほど、そのギャップによる影響が大きくなるのである」*39)

まさに日本の現実です。日本の施設では持ち込める私物は段ボール2箱程度と言われています。入居する施設も町内とは限らず、地域とのつながりも切れてしまい、生活の継続性は絶たれることになります。

デンマークでは、そういうギャップが大きくならないうちに、高齢者住宅を含む選択肢のなかから選んで「早めの引っ越しを!(しよう)」というスローガンが広がりつつあります。その意味するところは「自分で選び決定でき、自分で引っ越しできるうちに引っ越しを!」ということだそうです。

日本においてもデンマークと同様に「施設から在宅へ」が進められており、方向性そのものは間違っていないと思います。しかし、デンマークのように公的責任で高齢者にふさわしい住まいづくりをすることはすっぽり抜け落ちている。現在のバリアだらけの自宅から、これまでの生活をできるだけ変えないですむ住宅への転居について検討しなければならない。

ある程度の資金がないと入居できず、介護度が高くなったら退去を求められ、面積もデンマークの高齢者住宅の半分以下のサ高住や有料老人ホームが高齢者住宅政策の柱ではダメだと思うのです。「自助」努力ではなく、「公助」、公的責任において「老い」の住まいを確保することが必要です。

「現在の高齢者福祉政策は介護の場となる『宅』を抜きに論じられている」*40)と住宅問題の専門家、早川和男氏が1997年に喝破しましたが、それから四半世紀経った今でも状況は変わりません。

そこで伺います。

③「施設から在宅へ」を進めていくためにも、デンマークのような水準をもつ、高齢者のための福祉住宅を公的責任のもとに建設してゆくことが必要だと考えます。町としての見解をお聞かせください。

高齢介護課長 少子高齢化が加速する中、国においては、団塊の世代が75歳以上となる2025年以降は、医療や介護の需要が増えることが想定されることから、医療と介護を病院や施設で行うものから在宅で行うもの、つまり住み慣れた地域の中で最後まで自分らしい生活ができるよう、地域の包括的な支援・サービスの提供体制「地域包括ケアシステム」の構築、推進、深化を目指しております。

当町においても、8期計画において、「地域包括ケアシステム」の一層の推進を謳っております。「高齢者が住み慣れた地域で自立した生活を営むことができるよう、高齢者一人ひとりの状況に応じて、「住まい」・「医療」・「介護」・「予防」・「生活支援」を一体的に提供する体制」である「地域包括ケアシステム」のさらなる推進・深化を目指し様々な施策に取り組んでいるところです。

また、広島県においては、令和2年度に「広島県における地域包括ケアシステムのコアコンセプト(共通概念、35指標)」を設定し、毎年23市町に自己評価を実施し、市町ヒアリングや評価結果の公表、市町情報交換会を開催しています。

広島県の評価指標の「住まい」の評価基準の一つ「住宅確保要配慮者等の円滑な入居支援が必要な方が行政につながるような仕組みがある。」に対しては、広島県居住支援協議会及び広島県あ
んしん賃貸支援事業の紹介にとどまっており、当町の評価は、「取組途中」となっています。

議員ご指摘の「デンマークのような水準の高齢者福祉住宅」を公的責任のもとに建設することは困難ですが、国や県の動向も見ながら、高齢者が住み慣れたご自宅で安心して暮らし続けられるよう、「地域包括ケアシステム」の充実を図るとともに、一人ひとりの生活環境や心身の状況に応じた在宅生活を支えるバランスのとれた介護サービスの提供体制の整備に取り組んで参ります。

*38)松岡洋子「デンマークにおける施設から高齢者住宅への変遷」関西学院大学『社会学部紀要』第97号、2004年10月、92頁。

*39)同上。
*40)早川和男『居住福祉』岩波新書、1997年、88頁。

 

《3回目》

先ほどの私の質問ですが、本当は「町として高齢者福祉住宅をつくるべきだ」とズバリ問いたかったのですが、残念ながらそういう制度・枠組みはありません。それで「高齢者のための福祉住宅を公的責任のもとに建設してゆくことが必要だ」が、という奥歯にものが挟まったような質問になったわけです。

国の方針が変わらない限り、町単独ではデンマークのような高齢者福祉住宅はできない(デンマークでは建設費の9割を負担し、自治体の負担は1割)。

しかし、答弁にあったように「地域包括ケアシステム」のなかには、医療、介護などとともに「住まい」があり、その充実なくして「地域包括ケアシステム」の深化・推進もないわけです。

厚労省は介護保険制度の「持続可能性の確保」を殺し文句にして、施設サービスも在宅サービスを削減してきたし、今後も削減する方針です。このままゆくと、保険料だけ払わされて、介護サービスを受けることのない「介護難民」が飛躍的に増えることになる。その可能性と条件についてはこれまで述べてきたとおりです。

厚労省も「地域包括ケアシステム」の深化・推進を掲げていますが、住まいについては、公的住宅を重視するデンマークとは違い、「自助」が基本です。今後、本当にそれでよいのかということが、介護の厳しい現実のなかから問われていくことになるでしょう。

「老いの住まい」のあり方について、引き続き研究・検討していただくこと要望して私の質問を終わります。


《参考文献》

沖藤典子『老いの自立と幸せ』労働旬報社、1992年
同『介護保険は老いを守るか』岩波新書、2010年
早川和男『居住福祉』 岩波新書、1997年
松岡洋子『デンマークの高齢者福祉と地域居住』新評論、2005年
同『エイジング・イン・プレイスと高齢者住宅』新評論、2011年
伊藤周平『社会保障入門』ちくま新書、2018年
上野千鶴子・樋口恵子編『介護保険が危ない!』岩波ブックレット、2020年
芝田英昭編著『検証 介護保険施行20年』自治体研究社、2020年
小林美希『年収443万円』講談社現代新書、2022年

 

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