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希望の敷居を低くする

2004年3月14日、翌日に開かれる衆議院憲法調査会広島地方公聴会を前に、池田香代子さんを招いてプレ集会を開いた。池田さんは、『世界がもし100人の村だったら』『やさしいことばで日本国憲法』(いずれもマガジンハウス)などの著者として知られている。

9・11のテロ事件が起きるまで、運動にかかわることはなかったという。講演と交流会で、池田さんはつぎのように語った。

 「9・11のあと、なんで自分がこういうことをしているのかなって思うことがあります。これまで違憲訴訟とか平和運動などに頑張ってこられた方に接するたびに、素晴らしいなと思ったりしてきましたが、自分は何もしてきませんでした。ペシャワール会の中村哲さんと出会ったことが最後の一滴となり、私の心のなかのコップから水がこぼれた。すると不思議なことに、こんこんと私の中からわき出てくるようになった。ビラまきをして受け取ってもらえなくてもへっちゃら。なぜなら、それはちょっと前の私だから。いま大切なのは、あきらめずに一滴一滴を届けること」

改憲の動きが強まったからといって、それに反対する運動がすぐに広がるわけではない。すると私たちは、受け取る側の無関心のせいにしてしまいがちだ。

しかし、一見無関心に見える人びとの心の内にも、さまざまな葛藤や積み重なった思いがある。だから、あきらめずにメッセージを送り続けようと、池田さんは言うのだ。

池田さんが訳してきた本にも、希望という一本の糸が通っているように思う。

フランクルの『夜と霧』(みすず書房)は、ナチスの強制収容所での体験をつづった記録である。

そこには、「未来を、自分の未来をもはや信じることができなかった者は、収容所内で破綻した」とある。また、「ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにかではなく、つねに具体的ななにかであって」とも書かれている。

ほかにも、ジュリアン・ロイド・ウェッバー編『パブロ・カザルス 鳥の歌』(ちくま文庫)、ケストナーの『エーミールと探偵たち』『点子ちゃんとアントン』(岩波少年文庫)などがある。

子どもたちのために、ユーモアにあふれた小説を書いたケストナー。ナチ支配下のドイツにとどまり、自分の本が焼かれるのを目の当たりにした。それでも、人間への信頼とユーモアを手放さなかった。

そして、池田さんが再話した『世界がもし100人の村だったら』がある。

「池田さんの仕事をつなぐキーワードは〈希望〉ですね」

懇親会でそう聞いてみた。すると、

「私の仕事は、希望の敷居を低くすること」

という答えが返ってきた。なるほど、と思った。

希望をはるかかなたに見るのではなく、自分の足もとに見つける。

「私たちは微力ではあるが、無力ではない」という池田さんの言葉に励まされ、私はこの言葉を広めてきた。

この短い言葉も、無力感におちいりがちな心に火をともし、「希望の敷居を低くする」役割を果たしている。

希望を、だれもが手を伸ばせるところに置くこと。いま、いちばん求められている仕事だと思う。

                            (2004年)

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