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変革のために正確に読む ― 久留間鮫造先生と『マルクス経済学レキシコン』

本稿は2003年に執筆した書評に加筆・訂正したものです。

出版を心待ちにしていた

大谷禎之介著『マルクスに拠ってマルクスを編む 久留間鮫造とマルクス経済学レキシコン』(大月書店)の出版を、私は長いあいだ心待ちにしていました。

その理由は後ほど述べますが、私が久留間鮫造先生の名前と『マルクス経済学レキシコン』(大月書店)について知ったのは、高校生の時に読んだ、上田耕一郎著『現代日本と社会主義への道』(新日本出版社)です。
 

「大正の末ごろから『資本論』、『剰余価値学説史』などのなかから、いやしくも恐慌に関連する個所は残らず抜き書きしてカードにタイプする仕事をはじめ、うまずたゆまず続けてきました。……この碩学の50年におよぶ持続的努力の結晶が、だれにでもできる形で世に出て、現代資本主義の分析に求められている理論的武器を鍛えるための貢献になっていることは、大変うれしいことです」(60-61ページ)。

1945年の東京大空襲で、カードはすべて燃えてしまいました。それを戦後ふたたび、一からやり直したのです。

戦争によってこれまでの仕事が台なしにされても、久留間先生は挫けなかった。ものすごい情熱だったと思います。

学び、研究するとは

私が入学した年に、大谷禎之介先生(経済学部教授)は経済・経営ゼミナール大会で講演しました。

本書の第1部におかれている「久留間鮫造先生の生涯と業績」は、その講演に加筆したものです。

久留間先生の生涯と業績を通じての学問論――学び、研究するとはどういうことなのか――が語られています。

マルクスは『資本論』のあとがきで「素材を詳細にわがものとし、……それらの発展諸形態の内的紐帯をさぐりだ」すことの大切さを強調していますが、久留間先生の研究方法=研究態度はそのお手本です。

 「マルクスを読んでよくわからなかったときに、それを簡単にマルクスのおかしさにして片づけるのではなくて、マルクスの真意をマルクス自身のなかから見つけ出すためにとことんまで考えようとされる、そのためにはどんな苦労も厭わない」(29ページ)。

マルクスの真意をみつけるためにはどんな苦労も厭わない。これが久留間先生の姿勢でした。

世界を変えるために正しく読み、解釈する

たんねんにマルクスを読み、その正確な解釈、マルクスの真意を読み取ろうとしていた久留間先生ですが、その仕事に対して「解釈学」だとか「実践的でない」という批判があったといいます。

なかには有名なフォイエルバッハテーゼ「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけだ。肝心なのはそれを変えることである」を引き合いに出して揶揄(やゆ)する人もいたとか。
 

私が感銘を受けたのは、そのことに対する大谷先生の反論です。

「先生は世界を変えることが大事だからこそマルクスを正しく読み、正しく解釈することが大事なのだ、と考え続けてこられたのです」(41ページ)。

なるほどと思いました。変革のためにこそ、正しい解釈が必要なのです。

輝きを増す『マルクス経済学レキシコン』

一般には、「マルクス・レーニン主義」は、マルクスからレーニン、スターリンへと受け継がれた思想だと説明されてきました。

そして、その経典としてスターリンの『弁証法的唯物論と史的唯物論』『レーニン主義の基礎』『レーニン主義の諸問題によせて』などが、かつてはよく読まれていたのです。

しかし「マルクス・レーニン主義」は、マルクス、エンゲルス、レーニンの言葉を使いながら、スターリンが都合のいいように作り変えたものでした。

だからその本質は、マルクス主義でもレーニン主義でもなく、スターリン主義だったのです。

1990年代初頭にソ連は崩壊し、社会主義を名乗っていた東欧の国々も看板を降ろしました。

当時、社会主義は終わった、マルクスは間違っていたという大合唱が起きました。

しかし、ソ連や東欧の国々がマルクスの考え方どおりにやったから失敗したのか、マルクスの考えていたことと違う方向に向かったから失敗したのか。よく考えてみる必要があるのではないでしょうか。

そこで大切なのは、マルクスに立ち返ることです。

大谷先生は次のように述べています。

 「『レキシコンの編者はけっしてスターリンの『マルクス・レーニン主義』に棹さすことがなかったのであり、どのような理論外的合唱によっても左右されることのなかったその自立的思考にますます輝きを増している。『レキシコン』は、『博物館』に収まるどころか、マルクスの思想と同じく、資本主義社会が存在するかぎり、生き、働き続けていくことであろう」(104ページ)。

久留間先生は、権威に寄りかかることなく、自分の頭でマルクスそのものを読み解く努力をしてきました。

だから、『レキシコン』は、「マルクスの経済理論・思想を、マルクス自身によって知ろうとする人々にとっての心強い助っ人であることをやめることはない」(103ページ)のだと大谷先生は言うのです。

著書の復刊を望む

冒頭で本書が出ることを「長いあいだ心待ちにしていた」と書きました。

それは、「久留間鮫造先生の生涯と業績」が掲載されたのが『法政通信』という通信教育部の月報に掲載されていたからです。

マルクスを学ぼうとする人に読んで欲しいと思いました。ですから、本書の広告を見つけたとき、小躍りしました。

大谷先生は「あとがき」で「(久留間先生の)著書のほとんどが品切れのままで増刷されておらず、いずれも入手がきわめて困難」であることを惜しまれていますが、まったく同感です。

私自身も『経済学史』、『恐慌論研究』、『貨幣論』の3冊は古書店で入手しました。

『価値形態論と交換過程論』は、『資本論』の第1篇「商品と貨幣」を理解するうえで「必読文献」だと言われてきましたが、古書でさえ入手できず、学生時代にコピーしたものをいまだに使っています。復刊を望みたいですね(※)

古典を虚心に、それ自身として読むこと。そして、一つの文献を絶対視せず、さまざまな著作を歴史的なつながりの中で読むこと。私たちが古典に向き合うときに大切にしなければならない態度、方法だと思います。

(※)この原稿を読まれた方が「もし私ので良かったら使って下さい」と『価値形態論と交換過程論』を贈ってくだり、大変嬉しく、ありがたかったです。
 そして、ついにというか、ようやくというか復刊されました。2026年4月に刊行された『久留間鮫造コレクション1』(堀之内出版)に収録されています。

マルクス読みのマルクス知らず

資本論与太話

大谷禎之介『マルクスによりてマルクスを編む』と久留間鮫造『価値形態論と交換過程論』

 

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