宮崎駿「君たちはどう生きるか」
毀誉褒貶の激しい「君たちはどう生きるか」。
モヤモヤしていたが、観てスッキリした。
事前情報で有益だったのは、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」とほぼ関係ない内容だということ。
このことに拘っていたら、映画を楽しむことはできなかったかもしれない。
「長靴をはいた猫」(1969年)が私にとって前史をなし、ナウシカ(1984年)から「千と千尋の神隠し」(2001年)までは映画館で観ていた。
その後は、理由はよく分からないがテレビで「ながら観」程度で映画館に足を運ぶことはなかった。
今回、主人公の少年が登場しただけで、ウルッときてしまい、ああボクは宮崎アニメのファンだったんだなと気づき、動揺した。
「君たちはどう生きるか」というタイトルをみて再び涙腺が緩んだ。これは吉野源三郎氏に対するわが思いである。
映画は、宮崎アニメファンへのサービス満載のエンタテインメントである。
風が吹き、少年の服が……。
ああ、ナウシカが、アシタカが、パズーが、シータが、キキが、ムスカが、ユパさまが、ドーラが、坊が、銭婆が、さつきが、カンタが、カンタのおばあちゃんが、真っ黒くろすけが、コダマが(ほか多数)、姿形をちょいと変えて登場する。
風景や場面もこれは@@の**でしょうと分かる。
宮崎アニメのオールスター出演である(たぶん)。
吉野「君たちは…」の真骨頂は「どう生きるか」という倫理の問題を「社会科学」と結び合わせた点にある。
このことを宮崎「君たちに…」に求めるのは無い物ねだりだろう。
吉野の「君たちは…」を少年時代に読んだ宮崎が、2023年に生きる若者にアニメーション(物語)を通じて同じ問いを発し、彼のメッセージは明確であった。
ボクの観に行く映画は、観客が少なく、かつ年寄りばかり。
今回、映画館は満席で10代20代がほとんど。齢60の私が最高齢だったのではないか。
この映画を観て「どう生きるか」ということを問う若者が増えてくれればいいな。
吉野「君たちは…」を読む人が増えればさらによし!
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