不破資本論ゼミ「21世紀に『資本論』を読む」 不破哲三さんと私 5(最終回)
もくじ
不破さんに来てほしい
法政大学を卒業し、そこから10年の歳月が過ぎました。1990年に広島大学大学院に入学し、「第一学習社労組争議」について修士論文を書いて1992年に広島県労働者学習協議会(労学協)の押しかけ専従になっていました。
それからさらに10年が経ち、不破哲三さんを講師として広島に招きました。今回はその顛末を書きます。
2001年9月末、高村是懿(よしあつ)会長(当時)の『変革の哲学・弁証法--レーニン「哲学ノート」に学ぶ』を不破さんに贈りました。
この本のもとになった講座をひらくきっかけの一つに、不破さんの提起――『哲学ノート』は「全体を読みとく努力はあまりされてきていない」「歯ごたえは固くても、かみこなす努力をする値打ちは十分にある」(『レーニンと資本論』)――があったからです。
添え状に「広島に講演に来てください」と書きました。正直言って、結構軽い気持ちだったのですが、日々気持ちが高まってゆくのです。
不破さんは2000年に議長になりましたが、そのときはまだ、他団体での講演はしていなかったのです。不破さんを講師に招くなんて大それたことかなとも思ったりして…。
10 月15日の県労学協常任理事会で、不破さんに『変革の哲学・弁証法』を贈ったという報告のついでに「不破さんに講演に来てほしいと思っているのだけれども……」という、まことに頼りない提起をしました。
「言うだけ言ってみようじゃないか」。高村会長はすぐさまそう応えてくれました。来てくれるかどうかはわからないけれど、なにしろ、この年(2001年)の3月に上田耕一郎さんを講師に大学習会「21世紀を平和の世紀に」を成功させました。何ごともやってみなければわかりません。あきらめは禁物です。
10月18日、県労学協の紹介文を書き、会報「一粒の麦」、開講しているチラシなどを同封して、正式に講師要請の手紙を書いて郵送。唯物論者であることを忘れ、ポストの前で手を合わせました。
吉井さんから電話?
11月14日に常任理事会がありましたが、返事はまだ来ません。「ダメだったときはどうするか」ということが論議に。不安がよぎりますが、もう少し待ちたい。
12月3日、事務局の玉谷由美さんが「吉井(清文・関西勤労協会長)さんから電話」というので、いつもの調子で「はいはい、何でしょう」と電話に出ると「不破ですが…」。気が動転する。まさか本人から電話が来るとは思いませんでしたから。
「広島に行きたいと思っていますが、日程のめどがたたないんです。本(『変革の哲学』のこと)も送ってもらって、興味があります」
「どのくらい前にいえば準備ができますか」と聞かれました。「会場の大きさにもよりますが2か月ぐらいあれば何とかなると思います」と返答し、「可能性がある、ということですね」と念を押し。
結局、このときは「来年、また連絡します」ということになりました。
電話を切って、「やったー」と喜ぶ。
玉谷さんに「なんで吉井さんって言ったの?」と尋ねると「だって名乗らなかったし、いきなり二見さんいますかっていうのは吉井さんかと思って…」。
まあ、いい。それにしても心臓がバクバクしている。
狼少年になってもいい
「早く宣伝がしたい」そう思うといても立ってもいられません。また不破さんに手紙を書く。「2月から4月ぐらいにということで、承諾いただければ、日程と会場を未定にしたままで、宣伝を先行させたいと思います。そうすれば、日程が決まった後の準備が短縮できると思います。情勢の推移で、5月以降になることがあってもかまいません」と書いて、12月11日投函。「たとえ狼少年(中年?)になってもいい」と早く宣伝して成功させたいと気持ちがはやります。
数日後、不破さんから電話が来ました。「そういう(決まっていない段階での)宣伝はやめてください。(広島行きについては)考えていますから」とのこと。考えてみれば、「来る」といって来なければ、信頼を失うのは私たちだけではなかった。公党の議長たるもの、そんないいかげんな返事ができるわけがありません。思慮の浅さを反省。
不破さんの「考えていますから」という言葉に希望をつなぐ。
4月5日(金)に決まった
2002年になり、電話が鳴るたびに、不破さんからではないかとそわそわ。
1月17日、常任理事会。まだ返事がこない。第1回理事会の議案を検討。議案上は「大学習会を計画(講師は要請中)」。 理事会までに連絡がほしい!。
24日、第1回理事会。この日までに返事があれば会議は盛り上がるんだけど、残念ながら連絡なし。「他力本願だなあ」と思うものの返事がないからどうしようもありません。
「不破さんがだめだったら小倉寛太郎(山崎豊子『沈まぬ太陽』のモデル)さんはどうか」という案が出ました。
29日、高村会長から「不破さんから早く返事を」という督促あり。30、日、手紙を書いていると、電話が鳴ります。
「不破です。今年もよろしくお願いします。日にちを指定して申し訳ないが、4月5日なら取れるので、それで会場を探してほしい。内容は資本論で」。
電話を切って、急いで千人以上入れる会場をあたりました。しかし、どこもダメ。上田さんのとき使った県民文化センター(530人)もダメだ。どこも空いてなかったらどうしようかと思いましたが、アステールプラザ中ホール(550人)が空いていました。原付で会場に行き、すぐ手続きをして、「会場を押さえました」と不破さんに連絡。
会場はあふれた
関西勤労協も不破さんにオファーし、「21世紀に『資本論』を読む」は、5日が広島、6日が大阪での開催になりました。両日の状況を「しんぶん赤旗」は次のように伝えています。
「当日、広島は680人、大阪は1200人が参加。両会場とも通路までびっしり。ともに目標(会場定員)を三割前後も上回り、券を入手した人にも入場制限をお願いするような熱気。「広島には大きな革新の底力があった。その潜在力が不破さんの講演で引き出された」(二見事務局長)、「不破さんは、学説の歴史をぬりかえるような、誰もやったことのない研究をすすめている。そのもっとも新しい問題意識で見ると、21世紀の世界がどう展望できるのか。みんなの改革への願いと、不破さんの深い問いかけが呼応したからこそ、『資本論』の学習にこれほどの人が参加したのだと感じます」(吉井清文会長)。学習講演会は、大きな余韻を残し成功をおさめました」*1)。
*1)「しんぶん赤旗」2002年4月10日。赤旗ホームページで読めます。
講演の前に、事務所で交流会。私は準備のため会場へ。事務局長はつらいよ。
今度は携帯に
当初、講演の文字起こしはしないという約束でした。しかし、不破さんから携帯に電話が来ました。「約束と違って申し訳ないが、『前衛』に載せることになったので、了解してほしい」ということでした。
了解も何もない。嬉しい限り。不破さんの誠実な人柄に触れた思いです。
不破さんの著作を読む旅は続く
裏方でバタバタしておりましたので、不破さんの講演はほとんど聞いておりませんが、今言ったような経緯で活字になりました。『前衛』2002年6月号に掲載され、のち『二つの世紀と日本共産党』(新日本出版社)に収録されています。
その後も、不破さんの著作を読む旅は続きますが、とりあえずここで筆を置きたいと思います。














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