なぜ鶴見俊輔は「北極星」ではなく、「北斗七星」と言ったのか

いま、ちょっとした話題になっている「北斗七星」か「北極星」か。
鶴見俊輔氏は、久野収氏との共著『現代日本の思想』(1956年)で、日本共産党を北斗七星にたとえました。
その前段では、「日本共産党だけは、創立以来、動かぬ一点を守りつづけてきた」と述べています。ここだけを読めば、「北極星のように」としたほうがふさわしいようにも思えます。
しかし、この文を受けるかたちで、「北斗七星のように、それを見ることによって……計ることのできる尺度」と続きます。
鶴見氏が用いた「尺度」という言葉、さらに「それを見ることによって」というところがポイントです。
肝心の北極星は2等星で、天を仰いでもすぐに見つけられるほど明るい星ではありません。
夜空で北極星を見つけるには、まず、大きく描かれた、見つけやすい「ひしゃくの形」、北斗七星を探します。
北斗七星のひしゃくの先端にある二つの星を結び、その間隔を約5倍延ばしたところに北極星があります。
つまり、北極星という「動かぬ一点」は、北斗七星という見つけやすい物差しがあって、その位置を知ることができます。
北斗七星を見て、そこから北極星の位置を見極める。そして、自分のいる位置を知る。
当時の知識人は、日本共産党という北斗七星を見ることによって、自分がどれほど時勢に流されたのか、自らの立ち位置がどこにあるのかを測った。
そう読むことができるのではないでしょうか。
北斗七星は、自らが動かない一点なのではありません。それを見ることによって、動かぬ一点を見つけ、自分の位置を知るための「尺度」なのです。
鶴見氏のたとえは、やはり北極星ではなく、北斗七星でよかったのだと思います。
以下は、『現代日本の思想』の該当部分
《動かぬ座標》
多くの転向者を出しながらも、日本共産党が、他の諸政党にくらべられるとき、その特徴となるのは、非転向性である。
日本の思想は、実にぐらりくらりと、外的な刺激に応じて「移動」 してゆく。
この特色は、明治のなかばに北村透谷のすでに指摘したとおりである。
このように、すべての陣営が、大勢に順応して、右に左に移動してあるく中で、日本共産党だけは、創立以来、動かぬ一点を守りつづけてきた。
それは北斗七星のように、それを見ることによって、 自分がどのていど時勢に流されたか、自分がどれほど駄目な人間になってしまったかを計ることのできる尺度として、一九二六年(昭和元年)から一九四五年(昭和二〇年)まで、日本の知職人によって用いられてきた。












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