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2026-07-19

なぜ鶴見俊輔は「北極星」ではなく、「北斗七星」と言ったのか

いまちょっとした話題になっている「北斗七星」か「北極星」か。

鶴見俊輔氏が久野収氏との共著『現代日本の思想』(1956年)で、日本共産党を北斗七星にたとえた。

前段で「日本共産党だけは、創立以来、動かぬ一点を守りつづけてきた」と述べていて、ここだけなら「北極星のように」とした方がふさわしいようにも思える。

しかし、この文を受けるかたちで「北斗七星のように、それを見ることによって……計ることのできる尺度」となっている。

鶴見氏が用いた「尺度」という言葉、さらに「それをみることによって」というのがポイントだ。

実は、肝心の北極星は2等星とそれほど明るくなく、天を仰いでもすぐには見つからない。

夜空でポツンと輝く北極星を特定するためには、誰もが知っているように、まず夜空に大きく描かれた1等星混じりの「ひしゃくの形(北斗七星)」を探さなければならない。

つまり、北極星という「動かぬ一点」は、北斗七星という誰もが見つけられる物差し(尺度)があって初めて、その位置を正確に測り知ることができるのだ。

北斗七星を見、そこから北極星の位置を見極める。そして自分のいる位置を知る。

これと同じように、当時の知識人は、日本共産党という北斗七星を見て、自らの立ち位置を知ったということである。

鶴見氏のたとえは適切なものだったと思う。


以下は、『現代日本の思想』の該当部分

《動かぬ座標》

多くの転向者を出しながらも、日本共産党が、他の諸政党にくらべられるとき、その特徴となるのは、非転向性である。

日本の思想は、実にぐらりくらりと、外的な刺激に応じて「移動」 してゆく。

この特色は、明治のなかばに北村透谷のすでに指摘したとおりである。

このように、すべての陣営が、大勢に順応して、右に左に移動してあるく中で、日本共産党だけは、創立以来、動かぬ一点を守りつづけてきた。

それは北斗七星のように、それを見ることによって、 自分がどのていど時勢に流されたか、自分がどれほど駄目な人間になってしまったかを計ることのできる尺度として、一九二六年(昭和元年)から一九四五年(昭和二〇年)まで、日本の知職人によって用いられてきた。

ふたみ伸吾 ほっとらいん

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