〈わたし〉から、わたしの〈まち〉からの請願
もくじ

意見書を出したい
〔2026年〕4月末、町内にお住まいの方(仮にAさんとします)からメールをいただきました。
早速本題ですが、現在進められている憲法改正の議論について、特に緊急事態条項や平和主義に関わる点に、不安を感じています。
憲法は、国のあり方だけでなく、私たちの暮らし、人権、平和、地方自治に深く関わるものだと思っています。
そのため、十分な情報公開と国民的議論を経ないまま、拙速に発議へ進むことには慎重であるべきではないかと感じています。
そこで、府中町議会から国に対して、「憲法改正について、十分な情報公開と国民的議論を保障し、拙速な発議を行わないよう求める意見書」を提出していただく請願のような形が取れないか、ご相談したいと思っています。
今回、鳥取県の湯梨浜町議員である森哲也さんのnote記事を読み、
一町民として自分にもできることがないかと考えました。
森哲也さんのnote記事のリンクが貼ってありましたので、それをみると「わたしのまちから 戦争放棄」というタイトルで、つぎの呼びかけが載っていました。
今、拙速な憲法改正が進められようとしています。私たちにできることは何でしょうか。
デモ、署名、陳情書、SNS。日常の会話や読書会も、すべて意味のある行動です。
これらに加えて、どこに暮らしていてもできる具体的な行動で、まだ日本ではあまり試されていないこととして、「わたし」の暮らすまちから国へ請願書を提出するという手段があります。
やることはシンプルです。
・自分の町の議員を調べる
・話してみる
・請願書を一緒に提出する(略)
憲法は、生活者を管理する為のものではなく、権力を縛るものです。
改正する必要が本当にあるのであれば、この国のすべてのまち、全自治体、全議会で現行の憲法と自民党憲法改憲草案を読み比べ、深い議論をする必要があるはずです。
請願書が提出されれば、少なくとも提出先の議会の中で憲法に関する議論を生むことができます。そして、その採択に賛成したのか反対したのかも可視化されます。
民主主義は、国会だけでなく、地域からも動かせます。
どんな田舎に暮らしている人にも声を届ける手段があります。全国各地1741の自治体から、わたしのまちから、戦争放棄の声を国に届けよう。
呼びかけ人 わたしのまちから委員会
「わたし」発の請願
「どこに暮らしていてもできる具体的な行動で、まだ日本ではあまり試されていないこととして、《わたし》の暮らすまちから国へ請願書を提出するという手段があります」
この一文に胸を衝かれました。何より心に響いたのは「わたし」からの発信、わたしの〈まち〉から国への意見書、請願を出そう、という点です。
請願や意見書の採択を求めてくるのは、労働組合や団体がほとんど。だから私自身もなんとなく、そういうものだと思い込んでいたのです。
そうか。何も請願を団体に限る必要もありません。憲法16条だって「何人も…」とあるではないですか*1)。
Aさんに直接会って色々お話を伺いました。
これまで憲法問題についてあまり考えたことがなかったが、最近の状況をみて危機感をいだいたこと、いま自分ができることは何かを考え、森哲也さんのnoteを読んで、請願に取り組もうとおもったことなど、語られる言葉の一つひとつに、新鮮な思いで聞き入るばかりです。
改憲問題を真摯に考え、行動する人が身近にいることに驚くとともに心強く思いました。
*1)何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
請願に二つの道あり
意見書などの提案は、定数の12分の1以上あればできます。府中町の議員定数は18ですから、2人以上。私以外にもう1人いれば意見書案を提出できます。
提出した議案が採択されるためには、過半数の賛成が必要です。当たり前の話ですが、議会はさまざまな見解をもつ議員の集合体です。採択のためには少なくても過半数の合意をとりつけないといけない。
私は、つぎのようにAさんに言いました。
請願には二つの道があります。一つは、少々不本意な部分があっても妥協して採択をかちとる道です。もう一つは、採択されなくても、自らの主張を貫く道です。わたし自身は前者の道を選んできました。請願は採択されてこそ町民の意見として国に届けられるわけですから。
もちろん2つめの道にも意義があると思います。どちらにするかはAさんが決めてくれれば、どちらでも対応します。
Aさんは採択をかちとる方を選びました。
そこからAさんが原案を書き、それに私が手を入れたものを、保守の議員に「これでどう?」と渡すと、しばらくして、だいぶソフトになったものが返ってきました。
それを添付して、「だいぶ刃先は丸まってしまいましたが、慎重審議、十分な情報提供という核は残っていると思います。いかがでしょうか」とAさんにメールすると、次のような返事が来ました。
さまざまな立場の方の意見を汲み取りながら、新しい案として形にしてくださり、ありがとうございます。
おっしゃる通り、当初より表現はやわらかくなった部分もありますが、慎重な審議と、国民への十分な情報提供を求めるという大切な核は残っていると感じました。
私としては、この文案で進めていただければと思います。
全会一致で採択
いよいよ責任重大になりました。これで不採択などということがあれば、「《わたし》からの」という新しい運動の芽を潰してしまいかねません。
意見書の採択の前、議会初日までに議案の提案者を募ります。先ほど書いたように議案の提案に必要なのは最低2人で、私以外にもう1人は必要です。
議案に署名をすると提案者になり、その議案に反対することはありません。
なんと、誰一人、署名を断る人はいませんでした。議長を除く議員全員が提案者になったので、「採択確実」になったのです。
そして、議会最終日である6月30日、この意見書は全会一致で採択されました。
Aさんはnoteに次のように書いています。
最初に書いた文にあった危機感や具体的な論点は、最終案ではかなり少なくなりましたが、立場や意見の異なる人たちが、それぞれ受け入れられる言葉を探し続ける。その過程を目の前で見られたことは、私にとって大きな学びでした。
民主主義は、異なる立場の人たちが対話を重ね、重なり合える言葉を探していく営みでもある。その一つの形を、この経験を通して教えてもらったように感じています。
「わたしからの」一つの取り組みが終わり、Aさんがこのように自身の経験を評価していることを大変嬉しく思いました。
私も今回の経験を通じて、一人ひとりが意見を表明する、それをみんなで共有する、その機会として意見書を気軽に使ってゆくことがとても大切だということに気づきました。
そういう機会をつくってくれたAさんに感謝します。
今回の、この取り組みをAさんもまとめています。ぜひ「町から国へ、憲法改正への意見書が届くまで——請願書づくりと全会一致可決の記録」も読んでみて下さい。
以下は、採択された請願の提案説明です。
議員提出第5号議案
令和8年6月30日
府中町議会 力山彰様
「憲法に関する十分な議論と国民への丁寧な説明を求める意見書」について府中町議会会議規則第12条の規定により提出します。
以下、読み上げて提案いたします。
憲法に関する十分な議論と国民への丁寧な説明を求める意見書
日本国憲法は、我が国の最高法規であり、国民生活や国の将来に大きな影響を及ぼすものである。
そのため、憲法の見直しを含む議論については、国民に対する十分な情報提供と丁寧な説明を行い、幅広い理解を得ながら進めることが重要である。
憲法に関する議論には、安全保障、基本的人権、統治機構及び地方自治など、国の基本に関わる幅広い論点が含まれており、国民一人ひとりが十分な情報のもとで考え、判断できる環境を整えることが求められる。
また、府中町が被爆自治体であることから、平和の尊さを次世代へ継承していく視点も大切にしながら、憲法に関する議論が国民の理解のもとで丁寧に進められることを強く望むものである。
よって、府中町議会は国に対し、次の事項を求める。
1 憲法に関する議論について、国民に対する十分な情報提供と丁寧な説明を行い、幅広い理解を得ながら進めること。
2 国の基本に関わる重要な論点について、様々な考え方や想定される影響を、国民に分かりやすく示すこと。
3 主権者である国民が、十分な情報のもとで考え、意見を表明できる環境づくりに努めること。
以上、地方自治法第99条の規定に基づき、意見書を提出する。
令和8年6月30日
広島県安芸郡府中町議会













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