ヒロシマを伝える作品たち――日本国憲法の原点 ヒロシマ(4)
ヒロシマの惨状を伝えようとする人びとの思いは、詩、短歌、小説、絵画、マンガ、歌、映画、ドラマなどさまざまな文化を生みだしました。峠三吉の『原爆詩集』、正田篠枝の歌集『さんげ』、井伏鱒二の小説『黒い雨』、中沢啓治のマンガ『はだしのゲン』、映画『原爆の子』などなど…。
被爆者の手記とともに「ヒロシマのこころ」を考えるうえで重要な手がかりを与えてくれます。
ここでは、比較的新しいもので私自身が読んだり、観たりしたもののなかから四つほど紹介したいと思います。
◆家族を奪われて 『いわたくんちのおばあちゃん』
本川小学校には平和資料館があり、平日は誰でも見学できます。被爆当時の校舎を一部保存した建物です。本川平和クラブ「Wish」(願い)は、本川小学校児童の保護者などによるサークルで、全国から来る修学旅行生などに資料館の説明をしています。私も短い期間でしたが手伝ったことがあります。
このWishの活動のなかから素敵な絵本ができました。天野夏美作・はまのゆか絵『いわたくんちのおばあちゃん』(主婦の友社)です。タイトルになっている「いわたくん」のお母さん、岩田美穂さんはWishのメンバー。息子の岩田雅之君は私の長女と同級生です。2005年8月6日の式典で「平和の誓い」を読みました。
岩田君のおばあちゃん、綿岡智津子さんは被爆当時、16歳で高校生。十日市町に住んでいました。西観音町にある缶詰工場に学徒動員に行き、作業開始直前に原爆は炸裂(さくれつ)。両親と妹3人を失ったのです。
原爆の落とされる数日前、自宅で家族の写真を撮りました。その写真が写真館に残っていたのです。家族全員が写った貴重な一枚。
写真だけが残って、家族はいなくなった…。
いわたくんちの おばあちゃんは
カメラを向けられると
「ピース」と言わずに「いやーよ」と言う。ぼく、知っとるんよ。
孫のいわたくんや お兄ちゃんが
かわいくて 大好きで たいせつだから
一緒に写真を とらんのよ。いっしょに写った家族が
みーんな 死んでしまった
あの8月が わすれられんで、ずーっと 家族と いっしょに いたくて、
ずーっと 家族の笑顔を みていたくて、だから いっしょに写真を とらんのよ。
(『いわたくんちのおばあちゃん』)
作者の天野さんは「あとがき」で次のように書いています。
あまりに残酷で、つらく悲しいお話です。
でも、もしできることなら、子どもたちの心に
恐怖や不安より、優しさや希望を伝えたい。
確かに残酷でつらい話ですが、天野さんの文章もはまのさんの絵も優しく、未来への希望を伝えています。
この「いわたくんちのおばあちゃん」は今年、NHKの「おはなしのくに」で取り上げられ、安達祐実さんが朗読しました。
また、東映によってアニメーションにもなりました。8月5日、本川小学校で上映会があったので見に行きました。原作とはひと味違った感じに仕上がっています。学校の教材用らしく、個人向けには売られていないのが残念ですが、学校や公民館などに買ってもらうという手もありますね。
◆むごい別れ 『父と暮せば』
井上ひさし作『父と暮せば』(新潮文庫)は、こまつ座の芝居や黒木和雄監督、宮沢りえ主演で映画にもなりました。
娘・美津江が死んだはずの父・竹造の幽霊と一緒に暮らしている。
美津江は言います。
覚えとってですか、おとったん。はっと正気づくと、うちらの上に家がありよったんじゃ。なんや知らんが、どえらいことが起こっとる。はよう逃げにゃいけん。そがあ思うていごいご動(いご)いとるうちに、ええ具合(えーがい)に抜け出すことができた。じゃが、おとったんの方はよう動けん。仰向けざま(あぬけだま)に倒れて、首から下は、柱じゃ梁(はり)じゃの横木じゃの、何十本もの材木に、ちゃちゃらめちゃくそに組み敷かれとった。「おとったんを助けてつかあさい」、声をかぎりに叫(おら)んだが、だれもきてくれん。
竹造は応えて言います。
わしをからだで庇(かぼ)うて、おまいは何度となく(のー)わしに取りついた火を消(きや)してくれたよのう。……ありがとありました。じゃが、そがあことをしとっちゃ共倒れじゃ。そいじゃけえ、わしは「おまいは逃げい!」いうた。おまいは「いやじゃ」いうて動かん。しばらくは「逃げい」「いやじゃ」の押し問答よのう。
「じゃんけんできめよう」と父・竹造はずっとグーを出し続け、美津江もグーを出し続ける。たまりかねて竹造は「おとったんに最後の親孝行をしてくれや。たのむで。ほいでもよう逃げんいうなら、わしゃ今すぐ死んじゃるど」といって娘を逃がすのです。
ここから先のやりとりがとてもいいのですが、それは芝居、映画(DVDはバンダイビジュアルから発売)を観るか戯曲そのものを読んで下さい。生き残ったものと死んだものの思いをこの作品はよく表していると思います。
(映画「父と暮せば」黒木和雄監督、主演 宮沢りえ 原田義雄)
◆幸せを「拒否」して 『夕凪の街 桜の国』
2004年、『夕凪(なぎ)の街 桜の国』(双葉社)が出版されました。
こうの史代(ふみよ)さんが描いたマンガです。広島の夏は暑いうえに、夕方になると風がぱたっと止む。これを夕凪というんですね。ですから、夕凪の街とは広島のことです。
こうのさんは1968年に広島で生まれ、育ちました。「学生時代、なんどか平和資料館や原爆の記録映像で倒れかけては周りに迷惑をかけておりまして、『原爆』にかんするものは避け続けてきた」といいます(「あとがき」)。
そんなこうのさんでしたが、「東京に来て暮らすうち、広島と長崎以外の人は原爆の惨禍について本当に知らない」ことにショックを感じ、「遠慮している場合ではない、原爆も戦争も体験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えてゆかねばならない」と筆を執(と)ったのです。
「夕凪の街」の舞台は被爆10年後(1955年)の広島。年頃になった平野皆実(みなみ)が主人公です。同僚の打越から愛を告白されます。
しかし、皆実はそれを受け入れることができません。
あれから10年 しあわせだと思うたび 美しいと思うたび 愛しかった都市のすべてを 人のすべてを思いだし すべて失った日にひきずり戻される おまえの住む世界は ここではないと誰かの声がする。
(『夕凪の街 桜の国』24-25ページ)
幸せになることを拒否する(1)。それでもやがて皆実は打越を受け入れます。その愛は成就するかにみえましたが、原爆症が彼女を襲ったのです。そして…。
このマンガには、原爆による直接の惨状はほとんど描かれていません。でも原爆による被害の核心を射抜いています。
「夕凪の街 桜の国」も2007年に映画(DVDはSEGAから発売)になりました。監督は「半落ち」「出口のない海」の佐々部清さん。原作は「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」という3つの話からできていて、それぞれ1955年、1987年、2004年という設定になっています。この3つの話がどうつながるのか原作ではちょっとわかりづらい。3回読んでようやく登場人物の関係が分かりました。映画は、原作の語っていないことをいくつかのしかけで上手につなぎ、原作の意図通りに仕上げたなあと思いました。実に味わい深い作品になっています。さすが佐々部監督。
(皆実役の麻生久美子さん)
(七波役の田中麗奈さん)
映画には、この「こんぺいとう」の読者でもある島村眞知子さんが、平野皆実(麻生久美子)の元同僚役で出ています。堺正章演ずる石川旭が姉のゆかりの人を訪ねていくシーン。セリフはありませんが…。東京の試写会で見ていてびっくりしました。
(左から堺さん、島村さん、佐々部監督)
◆8月5日までの暮らし 「広島・昭和20年8月6日」
2005年8月29日、TBSがテレビ放送50周年の特別企画としてドラマ「広島・昭和20年8月6日」(脚本 遊川和彦)を放映しました。
今は平和公園になっているところは、昭和初期まで市内一の繁華街だったのです。中島本町、元柳町、材木町、天神町などがあり、さらに南に5つの町がありました。映画館やカフェ、撞球(ビリヤード)、射的場が軒を連ね、約2600世帯、9千人が住んでいたといいます。
元安橋のたもと、天神町にある矢島旅館(天城旅館がモデルか?)が舞台で、そこの三姉妹を松たか子、加藤あい、長澤まさみが演じています。弟役はNHKの朝ドラ「つばさ」でも主人公の弟を演じている冨浦智嗣くん。
東京の緑山スタジオにオープンセットをつくっての撮影だったそうです。海や山でのロケが広島でないのが少し残念でしたが、スタッフの平和への願いがひしひしと伝わってくる作品です。DVD(発売はバップ)の帯には「広島の街で明日の平和を信じながら懸命に生きた姉弟の、1945年7月16日から8月6日までの20日間の物語」とあります。
8月6日8時15分まで、ごく普通に人びとは暮らしていました。もちろん戦時中でしたから、「その当時の」という限定つきではありますが…。
あの時の広島の人々も、今の私たちと同じようになんとか生きようとしていたのです。それが一瞬に崩れていった。8月6日の「あの日」を点としてとらえるのではなく、それまで普通の暮らしがあったこと、そして、「あの日」を境にたくさんの悲しみが生みだされ、それが60年以上経った今でも続いていることを忘れないで欲しいのです。
(長澤まさみさん)
(左から松たか子さん、加藤あいさん、長澤まさみさん)
(1)『父と暮せば』の美津江もそうです。
「うちよりもっとえっとしあわせになってええ人たちがぎょうさんおってでした。そいじゃけえ、その人たちを押しのけて、うちがしあわせになるいうわけには行かんのです。うちがしあわせになっては、そがあな人たちに申し訳が立たんのですけえ」(『父と暮せば』新潮文庫、67ページ)
もくじ
4.ヒロシマを伝える作品たち
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