「選挙に行こう!」 第1章 選挙とは何か
①1996(平成8)年 小選挙区制の導入
投票率が低い要因の一つは小選挙区制にあります。
戦後ずっと7割前後だった投票率は、1996年に小選挙区制(小選挙区比例代表並立制)が導入されてから下がり続け、現在は5割台です。小選挙区とは小さい選挙区のことではなく、一つの選挙区で1人しか当選しない制度です*3)。
その前は「中選挙区制」と言って、一つの選挙区で3人から5人が当選しました。
ここ(JA吉田総合病院のある安芸高田市)は、広島1区で定数は4人。中選挙区制最後の総選挙は1993年でしたが、当選した人の所属政党は自民、社会、公明、新生です。96年から小選挙区制になり、旧広島1区は3つの小選挙区(1区~3区)に分割されました。1区:岸田文雄氏(自民)、2区:粟屋敏信氏(新生)、3区:河井克行氏〔自民)が当選。新生党はご存じないかと思いますが、粟屋さんはもともと自民党です。中選挙区時代は4つの政党から議員がいたわけですが、小選挙区になったら、自民党と元自民しかいなくなった。
広島県全体でも同じです。
93年は県全体で定数は13人。当選者は自民党が6人、元自民党(新生党)が2人、社会党が3人、公明党、民社党がそれぞれ1人でした。
小選挙区制以後、政権交代のあった2009年を除いて7選挙区中6人が自民党で、あと一つはだいたい元自民。2007年は希望の党でした。
なぜこういうことになるのでしょうか。
■自民党膨らまし粉
多くの地域で政権党である自民党の支持率が一番高い。1人しか当選できないのなら自民党の候補者が当選するのは当たり前です。2017年のときには小選挙区全議席289のうち、自民党の当選者は218人。75%の選挙区で自民が勝ったわけです。
図表1-2を見て下さい。自民党の得票率と議席占有率(全議席中のなかで何割占めているのか)を比較しています。
図表1-1
1986年ならば得票率が49%で議席は全議席の59%でした。その差は10%で自民党は取った票よりも1割多く議席を得ていることが分かります。
小選挙区制になり、96年は得票率が33%しかないのに議席は48%占めました。直近の2017年は33%の支持率で獲得議席は61%です。
支持している人の2倍もの議席を手にすることができる。私は、「自民党膨らまし粉」と呼んでいますが、第1党は実力(投票数)以上に議席がとれるのです。これが小選挙区制という選挙制度の正体です。
多くの人が自民党に投票しているわけではないのに、自民党の候補者ばかりが当選する。こういうことが四半世紀も続いたので、「どうせ(選挙に)行っても変わらない」という気分が蔓延し、投票率が低下したのです。
小選挙区制になって1度だけ、2009年に政権交代が起きました。
民主党にとって不幸だったのは、2011年に東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きたことです。民主党の問題もありましたが、本当は原発推進政策や地方切り捨ての政治など長年の自民党政治によって多くの困難がつくりだされたのです。
しかし、安倍元総理は自らの責任を棚に上げ、「悪魔のような民主党政権」という呪文を唱えてきました。そして自民党は今日まで存(ながら)えているわけです。
*3)小選挙区制に変えると「政策本位の選挙となる」「カネのかからない選挙となる」「政権交代の可能性が高くなる」、「国民の声が届きやすくなる」、「国民本位の政治が実現する」と宣伝し、小選挙区制の実現が「政治改革」なのだと自民党や一部の学者が主張した。今では、どれも事実ではないことは明らかである。志田なや子『小選挙区制と新国家主義 二大政党制論の虚構』こうち書房、1993年、五十嵐仁『徹底検証 政治改革神話』労働旬報社、1997年を参照のこと。
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