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2026-06-06

「市に昇格」 市町村は格が違うのか?

6月5日の自治制度調査研究特別委員会の質問でカットした部分を紹介したい。

「市に昇格する」という言い方に違和感のない人もいるかもしれませんが、明治時代のなごりで、地方自治法の下で市町村は同格で違いはないのです。

山形県鶴岡市にある旧西田川郡役所

今回の資料で「昇格」という言葉が三度も出てきて大変驚いた。

市へ「昇格」することへの期待感や一体感が高まり、住民の地域への愛着や誇りの更なる向上につながる(17頁)。
市へ「昇格」することで、自治体としての発言力、影響力が一層高まる(17頁)。
市制施行は、これまで住民が築いてきた地域の形が、市へ「昇格」することでもあり、住民にとって大変励みになります(29頁)。

 これは大きな問題である。「昇格」という言葉を使うのは「市は格上で町は格下」とみなしているということだ。

 ▼町は格下だから、格上の市に昇格する、昇格したい。そう考えているのか?答弁を求める。

市に昇格は明治時代の考え    

今回、調べてみると、「市に昇格する」という考えは明治時代にはあった。

当時、郡役所があった。安芸郡は1町29村、いまの広島市の一部、呉市の一部を含む大変広い郡である。

安芸郡の郡役所は唯一の町であった海田市町に置かれた。郡役所が町村の上にあったわけである。

 新潟県立文書館のホームページに「越後佐渡ヒストリア」という連載があり、その59話に「『町』から『市』への昇格競争 垣間見える町のプライド」という記事がある。

(明治から1945年まで)の市制志向の背景として、明治の頃には郡から独立し、周辺の町村と一線を画して自らの権限を拡充したいとの思惑が、昭和になると『市になってしかるべき』との自負や他の町村に対するプライドが見て取れます。

町から市になることを一般的に昇格といいますが、住民には市は町より格が上という意識があり、住民は昇格後の「市民」という呼称に誇りをもっていたようです。事実、町村と市では国・県の扱いに違いがあり、市制に対する住民や実業界の期待が目に浮かんできます。

 

なんだやはり「昇格」なのではないかと思われるかもしれないが、これはあくまで戦前、とりわけ郡役所のあった明治時代までの話である。

郡役所が、それぞれの町村が発展することの障害になっていた。

「当時の市制志向の背景として、明治の頃には郡から独立し、周辺の町村と一線を画して自らの権限を拡充したい」ということがあったと「越後佐渡ヒストリア」は述べている。

そして、昭和元年(1926年)に郡役所がなくなっても「『市になってしかるべき』との自負や他の町村に対するプライドが見て取れます」と付け加えた。

地方自治法のもとでは市町村は同格    

第二次世界大戦後、地方自治法の下で新たな市町村のしくみができた。

総務省の市町村課長も「市町村に権能――権利と能力――の違いはない」と明言している。

別に市町村課長に聞かなくても、このことは地方行政に携わるものにとって常識に属する問題だ。

いま、6月議会、都市再生について一般質問の準備を進めているところであるが、国交省の資料には次のように書かれている。

都市再生推進法人とは、都市再生特別措置法に基づき、地域のまちづくりを担う法人として、市町村が指定するものです。市町村は、まちづくりの新たな担い手として行政の補完的機能を担いうる団体を指定できます。

都市再生という課題であっても、「市町村は……指定できる」となっている。「都市再生なら市だろう」ということにならない。それは市町村が同格――格上も格下もないからである。

郡役所は昭和元年(1926年)に廃止された。

廃止されたあとも、町村より市が格上という考えがしばらく残ったわけだが、今年は2026年、実態のある郡がなくなって百年、来年は地方自治法制定(1947年)から80年である。

明治時代の古くさい考えに基づき、町や村を格下とみる。市に「昇格したい」という。

これでは周辺の町はもちろん、全国743ある町、183ある村――両方併せて自治体の54%――と友好な関係を築くことはできない。

ふたみ伸吾 ほっとらいん

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