府中町の虚像と実像 ――なにが府中町を守ったのか

「中国新聞セレクト」2022年3月8日号に河合伸治・広島修道大学教授の「町制継続を支える人口規模【府中町の合併問題 他県と比較】」が掲載されている。

静岡県浜松市に合併した浜名郡可美村との比較を通じて府中町がなぜ合併しなかったのを検討したものである。

この論考を素材としつつ府中町の実像を紹介し、なぜ府中町が合併せずに存続しているのかについて検討したい。

まず簡単な町のプロフィール。

府中町は、周囲を全て広島市に囲まれている。町域はわずか10平方キロメートルで、その43.4%が山林であり、23%が住宅用地。

総農家数は24 戸、うち自給的農家数が16 戸、農業所得を主とする「主業経営体」*1)はゼロ。耕地面積7ヘクタール(町面積の0.67%)で、かつての田畑はほとんど宅地になっている。

就業人口は、第1次産業〔農林漁業〕が57人(0.2%)、第2次産業〔工業、建設業〕が6,453人(27.1%)、第3次産業〔商業,金融業,運輸業,情報通信業,サービス業〕が17,289人(72.6%)となっている。マツダ本社と大型商業施設イオンモールがあることも町を特徴づけている*2)

高度経済成長期から急激に人口が増えた府中町だが、今日もなお増え続けている。

日本全体としては2008年から人口減少局面に入っているが、府中町は2012年から人口増に転じており、今年1月1日現在で52,935人、6月には53,000人を超した(グラフ1)。

なぜ人口は増え続けているのか。その最大の要因は、町の利便性の高さにある。広島市中心部へのアクセスのよさ、町内のあちこちにスーパーがあり、大型商業施設イオンモールがあるので買物に不自由しない。

実質5平方キロメートルの狭い町域に5つの小学校があり、どこに住んでも通学に便利で、公共施設も近い。広島市内中心部に近く、コンパクトな町なので、とにかく便利なのだ。

利便性の高さに加え、人口増に貢献しているのは革新・民主町政時代のイメージだ。府中町は1972年から88年までの16年間、広島県内で唯一の革新・民主町政(町長:山田機平氏)だった。非核町宣言、情報公開条例、老人・乳幼児の医療費無料化を実施し、「住むなら府中町」といわれるまちづくりを進めた。

革新・民主町政時代の記憶、残像を巧みに利用したのが建設業者、不動産会社である。「住みよい町」「住みたい町」「住み続けたい町」という府中町のブランド化を図り、マンションや戸建て住宅を次々建て、販売。周辺市町から人々が転入してくる*3)

2020年から21年にかけて3つの巨大マンションが建ち、総戸数は600戸である。マンションだけではない。町内は戸建て、数戸から10数戸の集合住宅が絶えず建築され、瞬く間に入居している。

そして、住宅が売れ、人口が増えることは「住みよい町」の証拠となり、さらに住居が売れ、転入者が増える。

このように、府中町の利便性の高さという現実のうえに、府中町のイメージをブランド化して住宅を販売する企業の戦略が功を奏して人が増え続けているのだ。

*1)農業所得が主(農家所得の50%以上が農業所得)で、1年間に60日以上自営農業に従事している65歳未満の世帯員がいる農家。
*2)中国新聞社が毎年実施する「広島市広域商圏調査」において、「府中町」は、2017年から20年、4年連続で「広島都市圏で買い物に最も利用するエリア」として11地区の首位になった。実際には、「府中町商圏」というものはなく、イオンモール単独の「商圏」である。
*3)毎年、大東建託やリクルート(住宅情報誌SUMMO発行)が「住みたい街」あるいは「住み続けたい街」アンケートを実施し、府中町はたいてい広島県内1位である。府中町は「住み続けたい街(自治体)」の県内1位となっている。ネットに掲載された大東建託の記事には「どこ〔へ〕行くにも歩いて行けるので、とても助かっている。スーパー、ドラッグストア、図書館、イオンモールなどすべて車なしでも歩いていける距離にあり、運動にもなって、気に入っている」(40歳女性)、「住みやすい。商業施設が近くて便利。将来子どものことを考えると、子育てに力を入れている地域で安心」(27歳女性)という声が載せられている。

(1)マツダからの巨額の法人税で潤っているのか?

「府中町がマツダ本社の巨額の法人税によって潤っている」と河合氏はいう。多くの方が同じように思っているのではないか。しかし、これは事実ではない。

2011年から2020年の町民税収入の推移をみてみよう(グラフ2)。

企業(法人)の払う町民税よりも個人の払う町民税の方がはるかに多い。

2015年と16年を除くと法人町民税収は5億円前後であるのに対して、個人の払う住民税はだいた30億円前後である。

さて、「マツダは巨額の法人(住民)税」を払っているのか?

個別企業が税金をいくら払っているかを知ることはできないが、推測することは可能だ。

マツダ以外の町内企業が払う税金がだいたい5億円前後で、そこを飛び抜けたとき、マツダが法人住民税を払った可能性が高い。この10年間では2015年と16年で、それぞれ5億円、14億円程度、法人住民税を納めたことになる。

法人町民税ゼロのカラクリ

なぜ毎年、納税されないのか。

法人住民税は、法人税額を基礎として算定され、法人税は「所得」に法人税率を乗じて計算される。「所得」は「益金」(≒利益)から 「損金」(費用のうち、法人税を計算する際にかかる税金を減らせるもの)を引いたものであり、この「所得」をゼロにすることができれば法人税もゼロとなる。

2014年、トヨタ自動車の豊田章男社長が「一番うれしいのは納税できること。社長になってから国内では税金を払っていなかった」と決算発表で発言。株主には1兆円を超える配当をし、内部留保も増やしているにもかかわらず2009年から2013年までの5年間、法人税(法人住民税、法人事業税も)を払っていなかった。

そのカラクリの一つは、2009年度につくられた、海外子会社からの配当を課税所得から除く制度である。実際には儲かっているのだが、課税ベースに入らないので税金を払わなくてすむのだ。

トヨタ自動車に限らず、日本の大企業のほとんどが、有能な税理士を雇い「節税」に務めている。課税所得をできるだけ少なくし、「受取配当金益金不算入制度」、研究開発税制やエネルギー環境負荷低減推進設備を取得した場合などの「租税特別措置法による優遇税制」等々を駆使して法人税をゼロ、ないしゼロに近づける。

その実態は富岡幸雄著『税金を払わない巨大企業』(文春新書)に詳しいので参照されたい。

多国籍企業であり、輸出大企業であるマツダも同様の手法で節税に努めた結果、過去10年のうち8年、法人町民税を納めず済ますことができたのであろう。

「巨額の法人(町民)税」などというものは存在しないのである。

(2)インフラ整備の費用の捻出で問題はないのか?

河合氏は、合併した可美村としなかった府中町の違いを生んだのは、人口規模の違いであり、府中町は人口が5万人で、そこからくる財政規模によって「 インフラ整備の費用の捻出という点については現時点では大きな問題とはなっていない」という。

府中町は2022年に町有建築物の『維持保存計画(建築物)』を作成した。

すでに解体したものや改修対象外を除くと74施設で、築50年以上の建物が7つ,40年以上の建物が21ある。40年未満であっても躯体、屋根、外壁、内装など改修や建替えが必要な建物が目白押しである。

特に学校は深刻である。町内に小学校5校、中学校2校があるが、校舎、特別教室棟、管理教室棟、屋内運動場、給食棟、留守家庭児童会などが軒並み、築40年を超している。

今年の6月議会で、府中中のプールの更新には2億円かかり、国の補助もほとんどないため、建設を断念し、町内のスイミングスクールに委託することになった。

学校以外にも老人福祉施設「福寿館」、役場本庁舎、消防庁舎などもそう遅くない時期に建て替えが必要になるのだが、まったくメドは立っていない。インフラ整備の費用の捻出に苦慮しているのが府中町の実態である。
 

(3)子ども医療費などが非常に充実しているのか?

 
河合氏は「府中町は子ども医療費助成制度等が非常に充実している」と述べているが、これはどうだろうか。

「県内23市町の子どもの医療費助成制度一覧」(表1)を見ていただきたい。府中町の助成は入院が中3まで、通院が小6までである。

入通院とも18歳まで助成しているのが7市町、入通院とも中3までの助成が6市町である。府中町は「非常に充実」しているどころか遅れをとっているのだ。

経済的理由により就学が困難な児童生徒に対して、学用品代や給食費などを援助する「就学援助制度」はどうだろうか。就学援助の支給基準は自治体によって違う。

表2にあるとおり、府中町は生活保護基準の1.2倍だが、県内では3市町が1.5倍、12市町が1.3倍となっている。府中町より低い基準は、広島市、呉市、海田町、熊野町、北広島町の2市3町にすぎない。

1.2倍、1.3倍、1.5倍だとどう違うのか。

府中町が作成した、就学援助が受けられる目安額(生活保護基準の1.2倍)をもとに1.3倍~1.5倍の場合の目安額を試算してみた(表3)。

年間総所得額とは、給与所得者の場合は源泉徴収票の給与所得控除後の金額であり、事業所得者の場合は年間収入金額から必要経費を差し引いた金額をいう。

4人世帯を例にとると、現状の1.2倍では、およそ320万円(年収にしておよそ460万円)までの所得の家庭が就学援助を受けられる。これが1.3倍になれば、およそ350万円、1.5倍になればおよそ400万円まで、というふうに受けられる世帯が広がる。

今年の3月議会で学校給食について取り上げたさい、この低い就学援助基準を引き上るべきではないかと質問したが、答弁は「現時点において考えていない」というものだった。

このように、子ども医療費助成や就学援助については「非常に充実している」とは言いがたい。

とはいうものの、府中町が子育て支援に力を入れているのも事実だ。

町内には0歳~18歳までの児童・生徒が利用できる2つの児童センターがあり、子育て世代包括支援センター(通称「ネウボラふちゅう」)が子育てをバックアップしている。子ども家庭総合支援拠点事業、子どもの予防的支援構築事業などにも取り組んでいる。また、待機児童解消のために、2020年度に保育園(120名定員)を新設し、2024年にはさらに100名定員の保育園を新設する予定だ(いずれも民間)。

(4)合併を拒む理由

行政サービスは低下しないのか

河合氏は、「府中町民が合併を拒む理由」として、①住民税等が高くなる、②行政サービスのレベルが下がる、③住民の声が反映されにくくなる、④自治体の名前が消える等、地域の歴史・文化・伝統が失われてしまう、の4つを挙げている。

①については河合氏がいう通り「府中町が特に住民税等が安いということはない」。

②について「合併によって行政サービスレベルが著しく低下するといった事態に陥ることは考えづらい」と河合氏はいうがどうだろうか。

府中町が広島市に合併した場合には、東区に編入されることになっていた。旧町の役場は普通、出張所として残るが、東区役所と府中町役場の距離は2キロほどなので、出張所すら置かれない。

公共施設はどうか。現在、府中町には公民館、児童センター、交流センターが南北に一つずつあり、歴史民俗資料館(府中公民館との複合施設)、生涯学習センターくすのきプラザ(体育館、トレーニングルーム、研修室・会議室、図書館)、老人福祉施設「福寿館」、ふれあい福祉センターなどがある。

これらと同様の施設は東区ないし広島市にほとんどある。だから合併してしまえば、老朽化した施設は順次廃止することも可能だ。国は自治体に対して公共施設の削減を求めており、府中町が自治体でなくなれば広島市あるいは東区という範囲で整理統合が進められていくことになるだろう。

役場がなくなり、施設も減ってゆく。これが行政サービスレベルの著しい低下でなく何だろうか。

③について、「府中町の民意を代弁する市会議員もそれほど多くの数を議会に送り込めないことを考えてみても府中町民の意見が通りにくくなるであろうことは容易に予想できる」と述べているが、これはまさにそのとおりである。

府中町は現在18人の議員が町民の要求・要望を聞き、町政に反映すべく努力している。一方、広島市議会の定数は54で、今年6月、議員定数を「2増2減」する条例改正案が可決。東区の定数は6から5に減らされた。府中町を合併することによって定数が6に戻ることはあるかもしれないが、府中町在住者が当選する保証はない*4)

また、当然のことではあるが、町内にはさまざまな政党を支持する有権者、さまざまな要求、要望をもつ有権者がおり、それを反映するかたちで18人の議員が存在している。しかし、東区に編入され、5ないし6の議員のなかに府中町在住者がいたとしても、その多様性を反映させることは不可能だ。

自治体を失った船越地域

1999年の都市計画決定から20年もかかってようやく着工(2020年)となった「広島市東部地区連続立体交差事業」をめぐる経緯は「合併」を考えるうえで示唆的である。

JR山陽線・呉線の一部区間(5.1キロメートル)を高架化するこの事業は、①線路を挟んだ地域の分断の解消、②踏切をなくすことによる安全性の向上、③交通混雑の解消、を目的としている。この事業は1999年に都市計画が決定され、2002年事業認可を取得した。

ところが国、広島県、広島市の「財政難」を理由に予算化が遅れ、2013年、船越・海田地区の高架化を取りやめる案を広島県と広島市が発表する。これに対して船越・海田の住民は「当初案どおり」事業を推進するよう求めた。

2015年に出された「見直し案」は、「海田地区については『当初案』よりも高架の長さを半減して復活するものの、船越地区については高架化せずに3箇所の踏切のうち2箇所を閉鎖してアンダーパスと跨線橋で代替する」*5)というものであった。最終的には船越地区の3踏切のうち、2つは高架化されることになったものの、一つは閉鎖のうえ跨線橋による代替道路となった。

船越地区はもともと船越町という自治体であり、1975年に広島市に合併されている。府中町や海田町は自治体として広島県や広島市と協議し計画策定にかかわってきた。船越地区は、もはや独立した自治体として意思を表すことができず、もっぱら住民運動として表明された。もし、船越町が存続していたのならば事態は違う経過と結果をもたらしたのではないだろうか。

地方自治は住民自治と団体自治からなっている。自治体が住民の意思に基づき住民のために行われるという住民自治。この住民自治を基礎として自治体が自らの意思と責任において運営されなければならないという団体自治。

自治体の合併とは、住民の意思、住民自治が団体自治として機能させないことである。地域の自治は、広域「自治体」の利害に埋没する。このことを「広島市東部地区連続立体交差事業」における船越地域問題は教えている。

*4)2020年4月10日付「中国新聞」は「旧町広がる議員不在」という記事を載せた。県内4市の旧7町を地盤とする議員が不在だという。旧7町とは布野町(三次市)、豊浜町、豊町、下蒲刈町(以上、呉市)、内海町(福山市)、総領町(庄原市)、豊栄町(東広島市)。かつての議員定数は、布野町(11)、豊浜町(10)、豊町(11)、下蒲刈町(10)、内海町(12)、総領町(8)、豊栄町(12)。
*5)ホームページ「安芸の船越から 山陽道歴史探訪」

(5) 自治の力が府中町を守った

2000年代に自治体合併、いわゆる「平成の大合併」の嵐が吹き荒れた。広島県は86市町村が23市町となり、自治体減少率73.3%で全国一位である(1999年3月末と2008年10月1日との比較)。実に7割を超す市町村が消滅した。

府中町では、2002年6月に広島市との合併の賛否を問う住民投票が実施された。「広島市との合併」「単独市制」「町制維持」の三択である。

「合併」は半数に届かず、「単独市制」「町制維持」がわずかに優勢という結果となった*6)。住民投票で決着はつかず、府中町は広島市に対して合併についての研究会設置を申し入れ、研究会は8回開催された。

2003年2月、広島市との法定合併協議会の設置を求める署名(5,312人)を町民が提出し、同年6月に合併協議会の設置議案を町議会が可決した。2004年5月に実施された町長選挙で合併推進派の候補を破って、単独市制をめざす和多利義之町長が再選*7)。同年12月合併協議会は廃止された。

以上が合併をめぐる経過のあらましである。議会も含め、合併反対派と賛成派に分かれ、町を二分する激しい争いであった。

住民投票結果に表れているように、町民の合併に対する賛否は拮抗していた。町長選においても6対4である。

合併派が勝利する可能性もあったと思う。それでもなお、単独町制は守られた。どうしてなのだろうと思い、職員に理由を尋ねてみた。その職員は「私の個人的な意見ですが」と断ったうえ、「自治だと思います」ときっぱり言った。

「役場にはたくさんの町民の方々が要望や相談に来られますが、小さな町ですので、行政ができるだけ小回りを利かせて対応をしています。だけど、合併後に、同じように行政サービスの提供ができるかどうかは判らない。小さな町だから、自治が身近にある。それを大事にしたい感覚が、合併を退けた理由ではないでしょうか」。

府中町という自治体を守ったものは自治の力だという職員の説明になるほどと思った。確かに役場はいつも人で賑わっている。頼りになる役場だということだ。それを奪われたくないという人たちの奮闘が合併を退けたのだといえる。

あれこれの条件によって府中町は合併しなかったのではなく、自治を通じて暮らしを守る道、住民自治を団体自治によって実現する道を選択したのだ。

*6)有権者数37,960人、投票者数22,449人(投票率59.1%)有効投票数22,391票。「広島市との合併」11,175票(49.9%)、「単独市制」6,383票、(28.5%)、「そのまま町でいる」4,833票(21.6%)。
*7)選挙結果は次の通り。わたり義之12,868票(59.9%)、上原みつぎ8,626票(40.1%)。

広島自治体問題研究所『ひろしまの地域と暮らし』2022年8月号【№462】掲載

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