倫理審査に刑法をなぜ持ち込むのか? 田中伸武議員のパワハラ④
もくじ
――罪刑法定原則、遡及処罰の禁止と倫理審査
私たちは、田中伸武議員による職員へのパワー・ハラスメント(以下、パワハラ)、不当要求に対して、府中町議会議員政治倫理条例(以下、「政治倫理条例」)に基づく政治倫理審査会(以下、「審査会」)の設置を請求し、1月9日、23日、2月6日に審査会が開かれました。
遡及処罰の禁止?
田中議員は「パワハラや不当要求は一切ない」と言いつつ、「遡及処罰禁止の原則」に反すると主張しました。このことの持つ意味について考えてみたいと思います。
令和3年2月19日に開かれた全員協議会において「政治倫理条例の禁止事項にハラスメントを加える申し合わせ」が可決されました。田中議員は「この全協以前は、『不当要求』『ハラスメント』は政倫審条例の適用外である」と述べています。
審査会前日に届けられた書面作成代理人による「申入書」にも「申し合わせに基づき令和2年9月28日から令和3年2月19日までの言動が議会事務局職員に対する不当要求・パワー・ハラスメントに当たるかどうかを判断するのは、当初適用基準とされていなかったにも拘わらず後から基準の対象に含めることで遡及的に判断対象とすることになります」と書かれています。
ここに述べられている理屈は、罪刑法定原則(罪刑法定主義)、遡及処罰の禁止の法理に反するというものです。
罪刑法定原則とは、「何が犯罪となり、それに対してどのような刑罰が科されるかは、あらかじめ法律で規定されなければならない」*1)というものであり、遡及処罰の禁止とは、「あとからその行為を処罰する規定を作って、特定の人物を罪責に陥れ」てはならない*2)ということです。
罪刑法定原則、遡及処罰の禁止とは刑法の原則、考え方であって、それを倫理審査会に持ち込んだものといえるでしょう。しかし、刑法は犯罪と刑罰を対象とするものであり、倫理審査会は議員としてのモラル(倫理、道徳)を問うものです。
*1)松宮孝明『刑法総論講義』第5版(成文堂)、19頁。
*2)同前、22頁。日本国憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。
法と倫理は区別されなければならない
刑法を含む法律は、国家が強制力をもって国民に守らせ、違反した場合には罰則に従って制裁を科すものです。一方、倫理(モラル・道徳)は法律と違い、強制力もなく、罰則による制裁もありません。一人ひとりの「良識」に働きかけ、ルールの順守を求めるものです。
法における正当性と倫理的な正当性は区別されなければならないということは、法学入門のテキストに書かれている、イロハに属する問題です。また、倫理など他のルールと法律を区分するものが強制力の有無にあることも常識に属する事柄でしょう*3)。
審査会が講じることができる措置は、警告と勧告であり、強制力を伴う刑罰ではありません*4)。
「遡及処罰の禁止」の前提である「処罰」がないのです。にもかかわらず、刑法における原則、法理をなぜ倫理審査に持ち込むのか理解に苦しむところです。
*3)例えば末川博編『法学入門』(有斐閣)には次のように書かれている。
「法の本質は、支配し、統治する働きにあるだから、その裏づけとして法にはそれ特有の強制がある。この強制の有無ということは、法と道徳を区別するのに、きわめて重要な指標であろう」27頁。
*4)第9条 議長は、審査会の報告を尊重し、政治倫理基準に違反したと認められる議員に対して、議会の品位と名誉を守り、町民の信頼を回復するため、次に掲げる措置を講ずるものとする。
(1) この条例の規定を厳守させるため警告を発すること。
(2) 議会の役職の辞任を勧告すること。
(3) 議会の会議等への出席の自粛を勧告すること。
(4) 議員の辞職を勧告すること。
(5) その他議長が必要と求める措置。
文面になくとも「パワハラ」「不当要求」をすべきではないことは自明
「パワハラ」は岡田康子氏*5)が平成13(2001)年に作った和製英語です。職場での威圧的な態度による嫌がらせ行為に悩んでいた社員などが、この「パワハラ」という言葉が生まれたことをきっかけに次々と声をあげるようになり、急激に社会へ浸透しました。それから四半世紀近い時が過ぎ、今では「パワハラ」という言葉を知らない人はいないでしょう。
政治倫理条例は、平成28(2016)年10月1日から施行されており、政治倫理基準の1番目に「町民全体の代表者としてその品位と名誉を損なうような一切の行為を慎む」ことを掲げています。この「品位と名誉を損なうような一切の行為」のなかに「パワハラ」や「不当要求」が含まれると考えるのは当然のことではないでしょうか。
田中議員が当選直後から職員に対して「パワハラ」や「不当要求」を繰り返し、それをやめるよう何度注意してもやめなかったため、政治倫理基準に「府中町不当要求行為対策要綱第2条に規定する行為」および「府中町職員のハラスメントの防止等に関する要綱第2条第5号(現在は4号)に規定する問題を発生させる行為」を含むことを申し合わせました。
「品位と名誉を損なうような一切の行為」のなかにパワハラと不当要求が含まれることを明確に規定したに過ぎません*6)。
にもかかわらず、この措置を決めた令和3年2月19日の全員協議会より前の言動は判断対象とするな、と田中議員は言います。
「パワハラ」や「不当要求」があっても明示的に禁止する文言がないから問題にすべきではないと言わんばかりです。果たしてそれでよいのでしょうか。
「パワハラや不当要求は一切ない」と田中議員は断言しました。もし、そうであるのならば、なぜあえて全員協議会より前の事例を除こうとするのでしょうか。「一切ない」のだとすれば、特定の日より前は不問にするなどと言う必要は全くないはずです。
*5)1990年(株)クオレ・シー・キューブを設立。2001年に「パワーハラスメント」という言葉を生み出して以来、職場のハラスメント防止対策の総合コンサルティングに取り組む。2016年より厚生労働省「パワーハラスメント対策企画委員会」委員を歴任。
*6)議会運営委員会は令和3年1月21日、全員協議会は2月19日に決定。
決めるのは田中議員自身
刑罰には、遡及処罰の禁止や時効といったルールがあり、それらに該当すれば法的責任はないということになるのでしょう。しかし、倫理的責任については、「悪いと決まる前のことだから許される」とか、「昔のことだから許される」ということはないのです。
そのことは芸能事務所や芸能人が何十年も前の性加害について、現在問われていることを見れば分かるでしょう。刑法の「遡及処罰の禁止」を持ち出したところで、議員としての倫理的責任は免れません。
繰り返しますが、倫理審査に刑罰はないのです。
政治倫理条例第2条は
「議員は、町民から厳粛な信託を受けた町民全体の代表者であることを自覚し、自らの行動を厳しく律し、政治倫理及び人格の向上に努めなければならない」
と述べています。
政治倫理についての自覚と行動を求めているのです。
「良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである」(デカルト『方法序説』)と言われています。倫理について問うことは、この誰もが持つとされる「良識」に働きかけることに他なりません。
審査会が決めることのできる措置は「警告」あるいは「勧告」です。私たちは、田中議員の言動はパワハラや不当要求にあたると考え、それをやめるよう求めています。しかし、審査会が決める措置は、強制力を持つ刑罰ではないので、田中議員はそれを受け入れることも、拒否することもできます。
決めるのは田中議員自身であり、田中議員が自らの良識に従って判断されることを期待します。
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