
『資本論』は万能薬ではない
『資本論』は、資本主義社会を分析するための羅針盤です。だからといって何でもかんでも答が書いてあるわけではありません。
近ごろ、『資本論』が「万能薬」のように語られることがありますが、それでは落語の「ガマの油売り」と一緒になってしまいます。
マルクスの時代にはなかった社会保障やジェンダー平等、地球環境破壊といった問題まで、「傷口にぐっと塗りますと、ピタリと止まる」というわけにはいきません。
「どんな傷にも効く万能薬」は、何にも効かないからです。
そして、これらの新しい問題については、独自に研究・分析する必要があります。
「資本」とは何か
その一方、『資本論』は、もはや過去のもので、現代に通用しないという意見もありますが、それも違います。
マルクスがなしとげた最大の功績は、「資本主義社会」のしくみを明らかにしたことにあります。
資本主義のあり方はだいぶ変わりましたが、その本質は変わりません。
時代の制約がありつつも、現代社会を読み解く土台になる本です。
『資本論』では、「資本制生産」という言葉が多く使われていますが、今日、私たちが使っている「資本主義」とほぼ同じ意味です。
では、その「資本」とは何でしょうか。
「お金」のことでしょうか。会計学で言う「事業をするために必要となる資金」でしょうか。 それとも「身体が資本」の資本でしょうか。分かるようで分からない。
実は、この「資本とは何か」という問題を追究したのが『資本論』なのです。
近代社会の経済的運動法則の暴露
マルクスは、この著作の「初版への序言」の中で、『資本論』の目的について次のように述べています。
「たとえある社会が、その社会の運動の自然法則への手がかりをつかんだとしても――そして近代社会の経済的運動法則を暴露することがこの著作の最終目的である――その社会は、自然的な発展諸段階を飛び越えることも、それらを法令で取りのぞくことも、できない。しかし、その社会は、生みの苦しみを短くし、やわらげることはできる」(『資本論』①11~12頁。以下、『資本論』の引用は新日本新書版による。)
『資本論』を読み、社会がいかなる原理で動き、どのように発展するかが分かっても、理想の社会へ一足飛びにたどり着くことはできません。
社会には、それぞれ踏むべき段階があるからです。
だったら、なぜ苦労してまで『資本論』を読まないといけないのか。
資本主義社会の経済的運動法則をつかむことによって、私たちはよりよい社会へ至るまでの生みの苦しみを短くし、その痛みをやわらげることができるからです。
このように、マルクスは『資本論』の効能を、きわめて控えめに語っています。「ガマの油売り」とは正反対です。
手引き一冊ではだめ

『資本論』は難しいので、手引きや入門書、解説書の類いが、私が学生だった頃にはたくさん刊行されていましたし、今もまあまあ、ありますね。
易しい入門書は、山に喩えれば低い山です。準備もいらず、誰でも登ることができます。
一方、『資本論』はエベレストのような高峰なんです。
入門書を一冊読んだだけで、『資本論』に登ろうとするのは危険ですね。滑落するか、早々に下山することになります。
最低限の装備として、『資本論』の入門書や解説書を数冊用意します。
それぞれの解説を見比べると、こっちの本では分からないことがあっちの本では分かる、ということがよくあります。だから「これ一冊」で済まそうとしない方がいい。
新刊は少ないですが、Amazonや「日本の古本屋」などのサイトで「資本論」「経済原論」「マルクス経済学」と入力すれば、たちどころに沢山の本が見つかり、手頃な値段で買うことができますよ。
それと、マルクスやエンゲルスの『空想から科学へ』『フォイエルバッハ論』『賃労働と資本』『賃金・価格・利潤』『共産党宣言』は、ぜひ手に取ってほしい。
『資本論』にいきなり挑戦する必要はありません。まずは一冊一冊、胸を借りましょう。すると、『資本論』を登る知恵と力を養うことができます。
世の中、楽をして身につくものなど何一つありません。
『資本論』を読み解くことは、ときに精神的な苦痛を伴う「修行」に似ています。
だからこそ、理解できたときには大きな喜びに変わるのです。

(私が読んできた入門書、解説書の一部)
マルクスの勉強のしかた
マルクスは、「第2版へのあとがき」で、『資本論』の特徴を紹介しながら自らの研究方法についても触れています。
『資本論』は、第1章「商品」から第24章「本源的蓄積」まで、資本の運動に従って展開されています。
十分に研究すると素材――ここでは「資本」ですね――の生命が観念的に反映されると言っています。
「観念的に反映」というのは難しい言い方ですが、ありのままの現実を根本からつかむという意味です。
ではどうしたら、そういうことができるのか。
①素材(さまざまな著作や資料)を詳細に研究し、②素材のさまざまな発展のあり方を分析したうえで、③それぞれの深い繋がりを見いだすこと。マルクスはこの作業を繰り返し、何度も草稿を書き換えて、「素材の生命が観念的に反映」する著作へと仕上げていったんですね。
マルクスが『資本論』を「芸術的な全体」「弁証法的に編成された」著作と呼んだことと密接な関係があります。
こんな話をしたのは、マルクスの研究方法は、私たちの学習方法にも通じているから。
色々読み、ああ、あの話とこの話は繋がっているのかと少しずつ理解が進みます。
学習では多読、乱読が大切なんです。
『資本論』の登り方
資本論の流れを図示してみました。
商品と貨幣〔第1篇〕→貨幣の資本への転化〔第2篇〕→剰余価値の生産〔第3、4、5篇〕→労賃〔第6篇〕…資本の蓄積〔第7篇〕
植物がタネから芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶように、資本にも発展の順序があります。
タネにあたるのが「商品」です。商品の交換のなかから「貨幣」が生まれ、その貨幣が自己増殖する運動を始めることで「資本」へと転化します。
「剰余価値の生産」では労働者が搾取されるしくみが明らかになり、「労賃」では「労働力の価格」という賃金の本質と、それが表面上は「労働の価格」として現われる謎を解きます。
そして「資本の蓄積」は富と貧困がなぜ広がっていくのか――植物の例で言えば、資本の花がどのように咲き、そして散るのかが明らかになるのです。
そのため、『資本論』を読むにあたっては、個々の章の言葉を理解することはもちろん必要ですが、これらがどういう論理の糸で繋がっているのかということにも、注意を向けてほしいと思います。
だからといって、第1篇から読まなければならないということではありません。
第1篇「商品と貨幣」はとても難しく、多くの方が第1章「商品」で挫折しています。だからここは後回しにしたほうがいいのです。
実はマルクス自身も、そう言っています。
マルクスの友人にクーゲルマンという医者がいました。そのクーゲルマンの奥さんが「『資本論』は難しい。どうしたらいいか」ということを尋ねたのでしょう。
マルクスは1867年10月1日付の手紙で、「奥さんには近日中に私の著書の読みかたを書いてさしあげるつもりである」と予告し、11月30日付の手紙で次のように書いています。
奥さんにおしえてあげてほしい。最初に読まなければならないのは「労働日」にかんする諸章、「協業、分業および機械」にかんする諸章、つぎに「原始的蓄積」の諸章である、と。(『クーゲルマンへの手紙』国民文庫、61-62頁/『資本論書簡』国民文庫②97-98頁)
マルクスが示した章の方が、第1篇の章よりも具体的で分かりやすいのです。
まずは、そこから登ってみる。理解できるところを少しずつ増やしていけばいいんですね。
急がず慌てず、『資本論』という高峰に、いろいろなルートからアプローチしてみましょう。
資本論の結論は?
『資本論』の結論は、第25章「近代的植民理論」ではなく、第24章「いわゆる本源的蓄積」にあります。
一言でいえば、「資本主義という過酷な構造そのものが、私たち労働者を鍛え、団結させてくれる」ということです。
『資本論』で、マルクスは次のように述べています。
大資本家の数が絶えず減少していくにつれて、貧困、抑圧、隷属、堕落、搾取の総量は増大するが、しかしまた、絶えず膨脹するところの、資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され結合され組織される労働者階級の反抗もまた増大する。資本独占は、 それとともにまたそれのもとで開花したこの生産様式の桎梏(しっこく)となる。生産手段の集中と労働の社会化とは、それらの資本主義的な外被とは調和しえなくなる一点に到達する。この外被は粉砕される。資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される。(『資本論』④1306頁)
資本主義が発展すると、大資本家へ富が集中し、大多数の側には貧困と格差が広がっていきます。
しかし一方で、資本主義の生産のしくみそのものによって鍛えられた労働者階級の反抗も強まっていく。
産業革命によって、労働者は小さな作業場から大きな工場で働くようになります。
工場では、多くの労働者が力を合わせて一つの製品をつくります。嫌いな人とも一緒に働かなければなりません。しかし、その共同作業を通して、労働者は協力する力や団結する力を身につけていきます。
資本主義の高度な生産力は、基本的には資本家が儲けるための手段ですが、同時にそれは、労働者階級が次の社会を担うための力も生み出すのです。
資本主義の殻(外被)は、やがてその中で育った生産力や労働者の力と調和できなくなります。そして、その殻は内側から粉砕される。
これがマルクスの導き出した『資本論』の結論です。
資本論与太話 2.「資本論」とは何か (ここです)
資本論与太話 3.資本主義的な「搾取」とは何か
資本論与太話 4.搾取の問題とともに社会保障が大切






