資本論与太話 1.マルクスと資本論の時代

●口上
落語には与太郎という若者が出て参ります。
呑気で楽天的だけれど、ぼんやり者で、何をやっても失敗ばかり。
そんな「愛すべき愚か者」が与太郎です。この与太郎が主役を張る一連の噺を「与太郎噺(ばなし)」と呼びます。
そのなかに「かぼちゃ屋」という演目があります。
八百屋のおじさんに「上を見て売れ」――掛け値をつけて売れ――と教わった与太郎。言葉のまんま空ばかり眺めて商売していましたが、おじさんに言われていたことを思い出し、路地に入りました。すると出てきたおっさんが「安い」といって長屋の連中にかぼちゃを全部売ってくれたのです。
全部売れてしまったので、店に戻るとおじさんがびっくり。売上を数えると元値しかない。掛け値なしだったからです。これでは儲けが出ない。
これからする話に、この「かぼちゃ屋」と繋がることが出てきます。
私も齢六十を超しまして、与太郎のなれの果てかなと思ったりもして、今回のお題を「『資本論』与太話」としました。
今回の与太話、とある場所で話したことが基になっていますが、足したり削ったりしております。
大学生の頃から『資本論』を読み、ときに学習会の講師も務めてきましたが、専門の研究者ではありません。
落ち度、間違いがあるかもしれませんが、与太郎爺さんが話す『資本論』ということで、ご容赦いただきたいと思います。肩肘張らずに気楽に聞いて下さい。
おっと、幕が開きました。それでは、始まり、始まり。
みなさん、こんにちは。
先ほど司会の方が、「『資本論』を理解して、元気を出して…」と言われましたが、私の話を聞いて元気が出るかどうか、そこは自信がありません(笑)。

(新日本新書版『資本論』 第1部 4冊で1,325頁もある)
『資本論』は全部で3部構成ですが、第1部だけでも新日本新書版では4分冊あります。まずはこの第1部を理解することが大切なのですが、通読するだけでも並大抵のことではありません。
私が大学1年生のとき、この新書版が2か月に1冊のペースで刊行されました。
何とか読み切ろうと、いつも持ち歩き、トイレでも電車の中でも開きました。それくらいしなければ、通読することはできなかったのです。
何とか一通り読んだのですが、では『資本論』が理解できたかというと、相変わらず分からない(笑)。
『資本論』に限らず、古典と呼ばれる本は少し読んだくらいで理解できるものではありません。
だからこそ、それを読み解く研究があり、研究者がいるのです。私たちがパッと読んで一回で理解できなくても、少しも不思議ではありません。
また、マルクスが20年かけて研究した成果を数時間で理解しようと思うのが虫のいい話です。
通読することは、理解のスタートラインに立ったということです。ここからが本当の「修行」です。
マルクスは「学問の門には、地獄の門と同じく、次のように書かれている」と言ってダンテの『神曲』から次の言葉を引用します。
決して恐れるな。迷いを捨て覚悟を決めよ。(「経済学批判 序言」/『神曲』地獄篇・第3歌)
いやいや、脅したわけじゃありませんよ。言いたかったのは、「初めから分からなくてもいいし、理解には時間がかかる」ということなんです。
1.マルクスと資本論の時代

19世紀に生きたマルクス
『資本論』を読み解くにあたり、まず心に留めておいていただきたいこと、それが、「マルクスと資本論の時代」についてです。
私たちがいま生きているのは21世紀で、カール・マルクス(1818年5月5日-1883年3月14日)は、19世紀後半という激動の時代を生きた人物です。
当時のヨーロッパは、木綿工業を中心とする軽工業から、鉄鋼・機械・化学工業などの重化学工業へ移り変わる時代でした。その変化を象徴するのが、動力と明かりです。
動力は蒸気機関からガソリンエンジンへ、灯(あかり)はガス灯から電気へと変わり始めました。しかし、マルクスが生きた時代には、まだ蒸気機関とガス灯が主役でした。
ガソリン自動車や電灯が本格的に普及するのは、その後のことです。
つまり、『資本論』は、蒸気機関とガス灯の時代に書かれた本なのです。
日本では、だいたい江戸時代の後期から明治時代の初期ですね。
マルクスが生まれた頃は日本では「化政文化」――浮世絵や滑稽本、歌舞伎、川柳などが栄えた時代でした。
そして明治維新を迎え、自由民権運動が起こった頃に亡くなりました。
もちろん当時の日本社会とマルクスとの直接的な関わりはありません。
「芸術的な全体」としての資本論
『資本論』の出版年を見てみると、第1巻が1867年、第2巻が1885年、第3巻が1894年です。このうち、マルクスが最後の最後まで自身の責任において世に送り出したのは、第1巻だけです。
第1巻が出る2年前の1865年、マルクスはエンゲルスへの手紙の中で「たとえどんな欠陥があろうとも、ボクの著作の長所はそれが一つの芸術的な全体をなしていることなのだ」と書いています。
マルクスが経済学の研究を始めたのが1844年ですから、20年以上にわたって研究を続け、何度も原稿を書き改めて、第1巻を「芸術的な全体」として仕上げました。
この第1部は第2部以降と繋がっているとともに、それ自体で完結している独立性の高い著作です。
第2部と第3部は、マルクスの死後、盟友エンゲルスが膨大な遺稿を整理・編集して刊行しました。
エンゲルスは、できるだけ完成した著作にするとともに、自分の考えを書き加えるのではなく、あくまでマルクスの著作として世に送り出そうとしました。
私は、この編集方針にエンゲルスの誠実さを感じます。
もくじ
資本論与太話 1.マルクスと資本論の時代 (ここです)
資本論与太話 3.資本主義的な「搾取」とは何か
資本論与太話 4.搾取の問題とともに社会保障が大切
資本論与太話 トップへ
マルクス読みのマルクス知らず トップへ












コメントを残す