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資本論与太話 5.新たな価値はどこから?

Illustration: Chappy

4万円の価値はどこから生まれたのか?

原料はその価値を、機械は使われて摩耗した分の価値を、新しい商品に移すだけです。

新しい価値を生み出すのは、人間の労働だけです。つまり、労働者は8時間の労働によって、4万円分の新しい価値を生み出しました。

ここで資本主義の「カラクリ」が見えてきます。

労働者が生み出した新価値  :4万円(8時間労働の成果)
労働者が受け取った賃金   :3万円(労働力の価値=1日分の生活費)
資本家が取得する剰余価値  :1万円

8時間で4万円の価値を生み出すのですから、3万円分の価値を生み出すには6時間かかります。

この6時間は、自分たちの生活費分(3万円)を稼ぐために必要な時間で、これを「必要労働時間」といいます。

そして後半の2時間は、必要労働時間を超える労働時間で、これを「剰余労働時間」と呼んでいます。

「剰余労働時間」によって生み出される、労働者に支払われない部分が「剰余価値」であり、それを資本家が取得するしくみが、資本主義的な搾取なのです。

しかし、私たちは普段、この搾取に気づきません。賃金は働いたことへの見返りだと思っているからです。

労働者は、8時間働いて3万円もらったから、「8時間働いた価値は3万円」だと考えます。

ところが実際には、資本家は労働者を8時間働かせることで、4万円の新しい価値を生み出させています。

「8時間の労働が3万円で資本家に売られたこと」と「8時間の労働が4万円の価値を生み出したこと」の辻褄が合わず、その差の1万円がどこから生まれたのか、説明がつきません。

「労働の価値」という従来の考え方にしがみついている限り、いくら頭を悩ませてもこの矛盾から抜け出すことはできないのです。

少し角度を変えて整理すると、つぎのようになります。

 ①資本家(企業)は労働力の価格として賃金を払う
 ②労働者は賃金で生活し、働く
 ③労働者が働くと、賃金より多くの富がつくり出される

ヨーロッパ中世の荘園では、領主の直営地と農民の保有地のどちらを耕作しているかは明白でした。

江戸時代の農民も、穫れた米の何割を年貢として納めるか、目の前で分かります。

しかし、このように抽象し、理詰めで考えないと、労働者の搾取は分からないのです。

 

資本主義における「合法的な」搾取

資本家は、労働者に対して「1日分の労働力の価値(生活費=3万円)」を払っています。等価交換という市場のルールを破っていません。資本主義の搾取というのは、労働者に労働力の価格(生活費)を支払っても儲かるしくみです。

もちろん、現実の資本家は、労働力をその価値より安く買い、賃金を引き下げようとします。しかし、資本主義的搾取の根本は、賃金の値切りにあるのではありません。労働力の価値どおりの賃金を支払っても、それを超える価値を労働者に生み出させることができる。そこにあるのです。

技術が進化し、AIやITによって生産効率が上がっても、その成果が自動的に労働者へ配分されるわけではありません。資本は賃金を抑え、増大した剰余価値を自らのものにしようとします。

その結果、何が起きているでしょうか。

労働者階級を意味する「プロレタリア」は、もともとラテン語の「プローレース」(proles=子孫)に由来し、「子孫しか残せない人」という意味でした。

しかし、現代の日本では、非正規雇用が増え、賃金が低く抑え込まれた結果、「結婚したくてもできない」「子どもを育てたくても将来の不安から断念せざるを得ない」という、「子孫さえ残せないほどの格差と貧困」が生み出されています。

こうした資本主義のしくみが、少子化や格差社会の背景にあるのです。

 

「生きた労働」の血を吸う「死んだ労働」

私の実家がある神奈川県伊勢原市には「茶加藤」というお茶屋さんがありました。

創業は1728年(享保13年)。享保といえば徳川吉宗の時代で、300年近く続いた老舗です。

商号(トレードマーク)は漢数字の十一を丸で囲んだもので、「十で元々、十二ではいただきすぎ。十一分の気持ちで商いを続けなさい」という思いが込められています。

初代加藤宗兵衛が創業時に暖簾に描いたことに由来し、中学校の先輩である9代目からこの話を聞いたときは、感動しました。

一人の江戸商人がもっていたモラルを示しています。

ところが、資本主義の原理はこれとはまったく違います。

剰余価値を手にすることが資本家の目的です。

しかし、それだけに終わりません。「十二ではいただきすぎ」とはならず、13、14、15、いや20、50、100……と限りなく「剰余価値」を増やすことに血道をあげるのです。

マルクスは次のように述べています。

資本家としては、彼はただ人格化された資本にすぎない。彼の魂は資本の魂である。ところが、資本は唯一の生活本能を、すなわち自己を増殖し、剰余価値を創造し、その不変部分である生産諸手段で、できる限り大きな量の剰余労働を吸収しようとする本能を、もっている。資本とは、生きた労働を吸収することによってのみ吸血鬼のように活気づき、しかもそれをより多く吸収すればするほどますます活気づく、死んだ労働である。(『資本論』②395ページ)

資本というのは「生きた労働」の血を吸う「死んだ労働」である、というのです。

労働者によって生み出された富が資本に転化し、それが今度は労働者を雇い、さらに剰余労働を吸収する力になります。

つまり、人間が自分のつくり出したものに支配されてしまいます。

映画「ターミネーター」(1984年)、「マトリックス」(1999年)は、人工知能(AI)に人間が支配される物語です。

「ターミネーター」は、人間を物理的に絶滅させようとするAIが描かれ、「マトリックス」は、人間を家畜化し、エネルギー源として利用するAIが描かれています。

全くの空想と思われる「ターミネーター」や「マトリックス」の世界は、実際には現代社会の現実を誇張したものです。

人間が自分のつくり出したものに支配されるという構図は、マルクスが「生きた労働」と「死んだ労働」という言葉で描いた世界と重なります。


資本論与太話 1.マルクスと資本論の時代 

資本論与太話 2.「資本論」とは何か 

資本論与太話 3.「搾取」の始まり 

資本論与太話 4. 資本主義的な「搾取」とは 

 

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