骨が呼ぶ

東川町へ来ませんか
9月21日、新宿梁山泊の演劇『海底骨歌』を観るため、宇部市の床波海岸へ。
当日は公演にあわせて行われた「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」のフィールドワークにも参加し、井上洋子さんのお話を伺いました。
帰宅後、関連のありそうな本を引っ張り出し、机の上に並べていると、中学校の後輩で、北海道東川町の町議を務めていた鈴木哉美さんから、次のようなメッセージが届いたのです。
「北海道に来られる機会はないですか? ぜひとも東川をご案内したいです」
東川町は、9月議会でシティプロモーションの成功例として紹介した自治体の一つ。
1985年に「写真の町」を宣言し、写真文化による町づくり、暮らしづくり、人づくりを40年以上にわたって進めてきました。
とても美しい町です。
彼女が議員になって、この町を知り、行ってみたいと思っていたのです。
朱鞠内にも行きたい
北海道には行ってみたいところがたくさんあります。のぞみさん(妻)が、「朱鞠内(しゅまりない)にも行きたいね」と言います。
幌加内町(ほろかないちょう)朱鞠内地区における強制労働では、深名線や朱鞠内ダムの工事に際し、朝鮮半島から強制連行された労働者が、タコ部屋同然の厳しい労働環境に置かれました。
確認されているだけでも216人が亡くなり、そのうち朝鮮人は45人にのぼります。その多くがきちんと弔われず、墓地の笹やぶに埋葬されたことから、「笹の墓標」と呼ばれています。
「笹の墓標強制労働博物館」があり、館長は「ナヌムの家」を訪れたときお世話になった矢嶋宰(つかさ)さんです。

(ナヌムの家で矢嶋宰さんと)
この博物館を運営するNPO、東アジア市民ネットワークの役員名簿には、ソウルにある植民地歴史博物館でお目にかかった金英丸さん(同館対外協力室長)の名も見えます。

(植民地歴史博物館で金英丸さんと)
朱鞠内にも色々と縁があるようです。
骨が呼ぶ
朱鞠内と東川町は、どのくらい離れているのだろう。
調べてみると、車で1時間半ほどです。
さらに調べると、「東川町で共同ワークショップ――強制連行犠牲者の遺骨発掘・追悼会」という記事が見つかりました。
「太平洋戦争の戦時下、東川町では中国や朝鮮から強制連行された人たちが大規模な工事に従事させられました。江卸(えおろし)発電所の建設に約800人、東川遊水池工事には1170人余りが動員されたことが分かっています。
過酷な労働と劣悪な環境の中で少なくない人たちが命を落としましたが、その数は未だに明確ではありません。しかし、これまでの調査で、現在の忠別ダム付近に数体の亡骸が埋められたとの証言があります」
(「あさひかわ新聞」2013年8月6日)
東川町にも強制連行があったのか。
この記事を見つけたことを哉美さんに伝えると、こんな返事が。
「町を偉いなと思ったのは、中国人、韓国人の強制労働やタコ部屋の事実を認めていて、慰霊墓地もあるし、慰霊祭もしているのです。
この遺骨発掘、返還活動を続けておられる、深川市多度志にある一乗寺の殿平さんとは知り合いです」
ここでさらにたまげました。
ちょうどそのとき私は、その殿平善彦さんの「強制連行・強制労働の犠牲者の遺骨発掘・返還を通じた韓国との交流」(『日韓の歴史問題をどう読み解くか』新日本出版社)を読み始めたところだったからです。

(旅から戻って、関連がありそうな本を棚から引っ張り出した)
これは骨に呼ばれている。
山口県の長生炭鉱から、北海道の東川町と朱鞠内へ。
来春、雪が溶けた頃、訪れようと思います。
*9月21日~22日の長生炭鉱と回天記念館の旅ですが、ボクは「長生炭鉱に行きたい。『海底骨歌』が観たい」と言っただけ。ツアー企画、宿の手配など一切は、「のぞみトラベル」にお願いしました。記して感謝いたします。











コメントを残す